どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ59 転落のストーリー だったりして

ふと、タンさんが杏子に尋ねた。
「シミズさんの両親は今でも元気なのかな?兄弟はいるのかな?」
不意を突かれた杏子は、
「両親は元気だし、確かお姉さんがいるはずですよ。何かあったんですか?」
と返すと、タンさんは、
「フーン。そうなんだ。お金に困ってるなんてことはない?」
とさらに杏子に聞いた。
質問が謎すぎる。
「さぁ?聞いたことないです。どうして私にそんなこと聞くんですか?」
と杏子は聞き返した。
杏子にしてみれば、タンさんは一体香奈ちゃんの何が知りたいのだろうかと不思議でしょうがなかった。

「別に…」
「昨日…」
「まぁいいか。今の件忘れてくれ。」

タンさんは、何回か間を置きながら、そして、何かを躊躇しながら、
幕引きしようとした。
杏子はそういう時には、面倒くさいので話を掘り下げようとはしない性格だ。
あっさりと、
「OK。では、失礼します。」
と支社長室を出ようとした。

「ちょっと気になることがあって…」
まだ、タンさんが迷いの中でぼそぼそ言っている。
杏子は、後ろから何かに羽交い絞めされたような気分になった。
しょうがないので、タンさんのデスクの側まで戻って、
「何が気になるんですか?私が聞いてもいい話ですか?」
とちょっとだけ掘り下げてあげた。
そこまで来て、やっと、タンさんは具体的な話を始めた。
「昨日の夜、コメット旅行社のキムラさんと大日本ホテルのレストランで食事したんだよ。」
そんな高級なところに行ったのかと杏子の関心は一瞬そっちに飛んだ。
「楽しい食事だったけどね。キムラさん、最近ソラリアに行って、あっちでゴルフやったら、絶好調だったらしくてね。あの人、もともとゴルフうまいのに、あれ以上上達したらこまるよね。ははは。」
そこまで言って、タンさんは杏子の2つの黒目が自分を射抜く寸前だと感じたらしい。
軌道修正した。
「食事しながら、話してる間に、たまたま周りを見たんだよ。そしたら、向こうの方にいたウエィトレスがものすごくシミズさんに似てたんだよね。キムラさんに悪いから、あまりそっちも見てられないけど。だけど、気になってね。何度か見てたんだよ。見れば見るほど似てたんだよ。勘違いかもしれないけど、向こうも自分の顔が隠れるような方角ばっかり向いててね。でも、確証はないんだよ。僕たちは、そのまま食事終わって、帰っちゃったし。」
やっとタンさんの言いたいことが分かった。
あの香奈ちゃんが、まさかの一流ホテルのレストランでアルバイトしてるかもしれないというわけだ。
そりゃ、お金が必要としか考えられない。
でも、それはあり得ないと杏子は思った。
ソラリア航空でちゃんとしたお給料もらってる。
生活するには十分なはずだ。
杏子だって、ちゃんと一人暮らし出来ている。
杏子が知ってる限りでは、彼女は毎晩いろんな航空会社や旅行代理店のイケメンと飲み歩いているはずだ。
かおりさんがしょっちゅうそう言ってはぼやいていた。
実はアルバイトだったのだろうか?
しかも、大日本ホテルのレストラン?
それはちょっと考えにくい。

「絶対彼女だと思うんですか?人違いとか。うちの会社バイトだめですよね?」
「そうなんだよね。そんなわけないとは思いたいけど。」
「私は人違いだと思うんですけどね。」
「もう一回誰か誘って食事に行ってこようかな。昨日が水曜日だから、来週の水曜日にワンチャイさんでも誘って行って自分の目で確認してくるよ。」

杏子は、黙っていた。
いいとも、やめろとも言えなかった。
香奈ちゃんがアルバイトしてるかどうか、はっきりしたい気持ちもあった。
だからと言って、杏子が香奈ちゃんに問い質すなんてできるはずがない。
もし、間違っていたら、それはとても失礼なことだ。

「そうですね。その疑いを晴らすためにももう一度見てきた方がいいですね。
きっと、ただのそのそっくりな人だと分かるはずですよ。」
そう言い切って、今度こそ杏子は支社長室から解放された。

今聞いた話は、かおりさんには絶対言えない。
かおりさんは、線香花火すら打ち上げ花火に変えそうだ。
危険すぎる。
万が一、タンさんが見かけたウエイトレスが香奈ちゃんだったとしてもやっぱり言えない。

その後、5時半過ぎた頃だっただろうか、杏子は偶然ばったりトイレで香奈ちゃんと遭遇してしまった。
杏子は自分が普通の顔で笑ってるかどうか気になって、むしろ挙動不審だったかもしれない。
香奈ちゃんは、
「今日はもう終わりですか?」
と杏子に聞いた。
「もうちょっとだけやることがあるの。今日は仕方ないね。」
と答えた杏子。
「そうなんですかぁ。がんばってくださいね。」
と香奈ちゃんはニコッと笑った。
「香奈ちゃんは定時?」
杏子は一応聞いてみた。
すると、香奈ちゃんの返事はちょっと意外だった。
「えぇ、でも今日は飲みに行かずに、まっすぐ家に帰ります。お母さんがたまには家で夕ご飯食べろってうるさいから。」
それを聞いた杏子が、
「そうだよ。いつも飲み歩いてちゃだめだよ!」
と言うと、香奈ちゃんはいたって素直に、
「ハーイ!杏子さんも早めに仕事終わるといいですね。」
と言いながら、そそくさと出ていった。

杏子はいい刑事にはなれないと思った。
なる必要はないが…
もっと、彼女の昨日のアリバイを聞けばよかった。
そうすれば、タンさんが来週も大日本ホテルで食事する必要が無くなったかもしれない。

そもそも、香奈ちゃんがアルバイトまでしてお金を稼ぐ理由が分からない。
家が貧乏な訳はないだろう。
考えられるのは、悪い男に引っかかって貢いでいるか。
杏子の頭の中では、昼のドラマのような展開が浮かんでいた。
一通り、ストーリーが頭の中で展開し、香奈ちゃんが独房で
後悔しながら泣いている場面で終わった。
そんなわけないだろ!
自分で自分に突っ込む杏子だった。

浜内千波の21時からの遅ごはん

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