どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ52  切れてないですよ!

いきなり朝から杏子の気分の害するような事件が起こった。

ふと気が付くと、貨物課の二人が一緒に席を外していたようだ。
貨物課の電話が鳴り続けたので、仕方なく杏子が出た。
「オタク電話鳴ってるのに誰も出ないの?仕事なくなるよ!いいの?」
いきなり第一声が嫌味だった。
杏子はとりあえず、
「申し訳ございません。あいにく貨物担当が席を外しておりまして。」
「まぁ、それはいいや。ところでオタクのインドネシア支店の電話番号教えてくれる?」
「貨物課のですか?」
「当り前だろう!他の番号聞いてどうすんの!」
杏子火山のマグマがグツグツして来た。
「XXX-XXXXXXXXです」
「国番号は?」
「それは国際電話の国番号表でもお分かりではないですか?今お調べしますが…」
「オタクの支店の番号だろう?国番号くらいすぐ出ないのか?全く使えないな!」
杏子火山 噴火寸前。
「私は秘書の中野と申します。そちら様のお電話番号とお名前お教えいただけますか?
すぐにお調べして折り返しますので。」
「もういい。名前なんかどうでもいいだろ!」
敵はひるんだ。
{いいえ、どうしてもお調べしてお伝えしたくなりました。お電話番号は調べればわかりますので結構ですが、お名前いただけますか?}
「そんなもんいいだろ!もういい。ばかやろ!」
ぶちっと電話が切れた。
一方的に言われるだけ言われ、反撃に出ようとしたら逃げられた。
杏子は憮然とした。
そして、悔しくてしょうがなかった。
そこへ 四角い顔の進藤さんとルックスだけラテン系の上村さんが戻ってきた。
杏子はつかつかと進藤さんに歩み寄り、つい今しがたの貨物代理店の失礼野郎の話をした。
「ああ、あいつね。いつもあんな感じだよ。嫌な奴だよ。俺は無視してる。杏子ちゃん
たまたま運が悪かったと思って忘れて!電話取ってくれてありがとうね。」
と進藤さんに言われてしまい、行き場のない悔しさが杏子の中でぐるぐる回ることになった。
その不愉快感は一日中 ずっと続いた。
忘れよう忘れようとすればするほど悔しさがこみ上げた。
願わくば 2度と奴の電話は取りませんように。
そう思って気を紛らす杏子だった。

電話は相手の顔が見えないと思って 言いたい放題しゃべり続ける輩がたまにいる。
ソラリア航空のような顧客サービスを生業とする会社は、彼らにとって格好のターゲットとなる。
カウンターの3人はその最たる犠牲者だ。
電話を取った瞬間、逃げられない。
たとえば、毎週木曜日午後に、必ず電話してくる江川さんという年配の女性。
沙羅ちゃんが担当らしい。
というか、相手が沙羅ちゃんを気に入ってご指名するそうだ。
毎週決まった曜日というのがすでに、マニアの世界を感じさせる。
話す内容は、今度どこそこに行こうと思うとか、この前はよその航空会社で旅行したら、CAはこんな感じでどうしたとか。
他愛ない話らしい。
沙羅ちゃんはお調子ものなので、うまく話を合わせる。
江川さんは これはいけると思ったのだろうか。
だいたい1時間ほど話すと、向こうから、切ってくれるそうだ。
一度沙羅ちゃんが休みの日に、香奈ちゃんが応対した。
香奈ちゃんはおばさんには冷たい。
かなり露骨だ。
江川さん よほど手ごたえがなかったのか、5分で話を打ち切って、
電話切ったそうだ。
そんな香奈ちゃんも変な問い合わせを取ってしまったことがある。
なんでも ソラリアで食べたドリアンがおいしかったので持って帰りたいから
どうしたらいいか教えてくれという事だった。
若い男性だったようだ。
ドリアンは果物の王様と言われ東南アジアでは誰もがドリアンの季節になると
心騒ぐような果物らしい。
杏子は現地のスーパーで100メートル先にドリアンがあっても分かるくらい、あのにおいに敏感でしかも好きではなかった。
いったん好きになると中毒になるらしいが、杏子は絶対にないと思った。
その強烈なにおいゆえにそれを飛行機で持ち帰ることはできない。
果物の王様の放つ悪臭で大騒ぎになること間違いなしだ。
当然のごとく、香奈ちゃんは無理だと丁寧にお答えした。
そしたら、相手はいかにドリアンがおいしいか 延々と語ったらしい。
あんたはドリアンのセールスマンか!
と突っ込みたくなったと後で香奈ちゃんが言っていた。
こういう時はもう持久戦だ。
相手がしゃべり疲れるまで適当に相槌を打って我慢するしかない。
他にも CAの態度が悪かったの、座席のオーディオが壊れていただの、クレームという名の長電話は尽きないのだ。
ただし、大事なことは彼らもまた顧客なのだ。
明らかに犯罪と思しき危害を加えられない限り、できるだけ穏便に済ませることが大事だ。

それでも、我慢する必要のない場合もある。

ある日の夕方、杏子は電話を取った。
「あ、ミミズクトラベルの佐藤です。いつもお世話になっております。」
杏子はいつも通り、
「いつもお世話になっております。」
すると相手は、
「中野さんですか。こちらこそお世話になっております。相変わらず素敵なお声ですねぇ。聞き惚れちゃいます。」
なんか変だなと思う杏子。
「中野さんは美人だと評判ですよ。後、太ももが色っぽいですよ。評判ですよ。」
そういう事か。
杏子はやっと気が付いた。
「一体全体 何をおっしゃってるんですか?そういうお電話でしたら切りますよ!」
杏子が強く言っても相手はひるまない。
「いやぁ、怒った声も色っぽい。 あぁ、その太ももも色っぽいし。」
杏子の抗議なんて耳に入っていないようだ。
聞くに堪えない話を続ける相手。
その時、杏子はすっと冷静になった。
電話をかけてきたのは相手、電話代は相手持ち、しかも暇そう。
それならずっとお話させてあげようと思った。
電話をスピーカーフォンにして、受話器を置いた。
電話機から漏れ続けるセクハラトーク。
それをBGMに杏子はやりかけていたメールの返答をした。
放置したのだ。
そのうち、通りがかった名取さんが杏子に言った。
「なんですか、この変な電話。ずっと太ももとか言っちゃって。」
電話の向こう側にそれが聞こえたらしい。
「はっ!」
と言って電話を切った様子だった。
プーップーッと音がしている。
「なんか代理店を名乗って電話してきたんですけどね、この声聞き覚えあるんですよね。
この前飛び込みで来た投資関係の営業の人ですよ。暇だったから、ちょっと話聞いてあげたんですけどね。ばかなやつですよね。ずっと太ももがどうしたのって言ってましたよ。
10分ぐらい放置しておきました。名取さんがいらっしゃらなかったら、もうちょっと続いたかもしれませんね。」

すると名取さんは、
「なるほど、面白いですねぇ。中野さんも切れてないし、電話も切れてない。これは面白い!ふぇっふぇっふえっ!」

杏子はむしろその茶化し方と笑で、名取さんに切れそうだった。