どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ51 疑わしきは罰せず でも 自白

一般的に病欠の場合、有給と違って事前の申請は要らない。
むしろ、出来ないと言った方が正しいのだろう。
なぜなら、私明日病気になりますなんて言えるはずがないからだ。
1-2日の病欠なら事後に病気休暇申請を提出するだけで、診断書も必要ないのだ。
その申請書には、まず直属の上司、次に支社長であるタンさんのサインをもらえばそれでいい。
あとは、毎月初めに提出する前月の出勤記録にはSL、すなわち、シックリーブと記入すればいい。
その出勤記録は杏子がまとめて、タンさんに承認のサインをもらうわけだ。

タンさんが5月分の出勤記録にサインし、杏子に返す時にふと言った。
「ちょっと、面白いもの見つけたよ。これ。」
そう言って、いちばん上にある香奈ちゃんの出勤記録を指差した。
「彼女必ず月に一回、月曜日に病欠取ってるんだよ。前から気が付いていたけどね。
5月もほら。これってもう偶然とは呼べないよな。なんでか知ってる?」
「いえ。でも、確かにそうですね。」
タンさんは含みのある笑いを見せておきながら、それ以上は何も言わなかった。

杏子は、念のため、これまでの彼女の出勤記録に目を通した。
月に一回だったので、すっかり見過ごしていたが、見事な規則性があった。
たいていは、月の真ん中のあたりの月曜日に必ず病欠していたのだ。
要するに、週末を含めた完璧な3連休になっていた。
これは…
病気で休む人に、仮病かなんて聞ける訳はない。
毎回、朝かおりさんに電話を入れ、風邪引いたとか熱があるとか言って、
休んでいた。
もしかしたら、かおりさんは感づいていたかもしれない。
ただ、かおりさんがそこで突っ込むと口論になる可能性が高かった。
毎度、お大事にとか言い、あっさりと終わっていたのだろう。
そのあと杏子に報告が入り、杏子はタンさんに伝えるのがいつもの流れだった。
かおりさんと香奈ちゃんは社内の誰もが認める冷戦状態の2人だ。
表面上は何とかうまくやっているが、危ういバランスで成り立っていた。
どちらか一方が相手の領域に踏み込んた瞬間、休火山がドッカーンと来そうだった。
そう言った意味ではかおりさんは見事に大人の対応を見せていたわけだ。
さざ波すら立たせないようにしていたのだ。
たぶんかおりさんは香奈ちゃんの仮病に気が付いているけど、面倒なことにしたくないから放置してるんだと杏子は思った。

ところが、得てして、そんな危うい、しかも、ストレスのたまる状況は、ほんの小さなもめ事で一緒に吐き出されるものだ。
それは起こった。
かおりさんが、杏子に「先に帰るね!」と一言だけ声をかけてプイと帰って行ってしまった。
杏子はすぐに何かがあったと気が付いた。
翌日、本人に聞いてもいいわけだが、あの様子からして、聞いたらまた怒りがこみ上げてくる可能性があった。
そこで、帰り支度をしている沙羅ちゃんをスタッフルームに引っ張り込んでこっそり聞いてみた。
「あの二人なんかもめたの?」
沙羅ちゃんは、こういう時、張り切って語り出す。

彼女によると、

カウンターに出発日を変更したいと言うお客様がやって来た。
香奈ちゃんが応対した。
そして、変更の手数料をお支払いただいた。
その際、香奈ちゃんはUSドルから日本円への換算を間違えて、若干少なく徴収したらしい。
たぶん、それまでにも数回同じ事があったようで、その度、五島さんにこっそり泣きついて足りない分を自分のお財布から出してごまかしていたようだ。
なぜばれたか?
五島さんには、苗字 名取、ミドルネーム まじめ、名前 総一郎という曲った事が大嫌いな上司が出来てしまったのだ。
名取さんは、その日の最終チェックをしている時に、何かがおかしいと気が付き、五島さんを問い詰めた。
五島さんはまだ隠ぺい工作をしていなかったことに気が付いた。
そして、とっとと自白した。
しかもご丁寧にこれまでも数回、同じ事があって、ごまかしたことまで言ってしまった。
名取さんは、かおりさんを呼んだ。
その話を聞いたかおりさんは、ショックを受けた。
当然のことだ。
自分に知られないように香奈ちゃんがそんなごまかしをしていたなんて。
かおりさんは、自分の席にもどり、隣にいる本人にさりげなくその話をした。
これからはちゃんと報告してほしいと努めて冷静に話をしたらしい。
香奈ちゃんはそこで、ただ一言、すみませんでしたと言えばいいものをそうはしなかった。
それが修羅場の始まりだった。
こうなると、かおりさんも冷静ではいられない。
溜まりに溜まった思いを一気に吐き出すことになってしまった。
そこで飛び出したのが、定期的な月曜日の病欠の件だった。
香奈ちゃんは一気に劣勢になった。
ばれていないと思っていたのだろう。
彼女に残された手段はただ一つ泣いたふりだった。
ちょっとは本当に泣いたのかもしれない。
泣きで一発逆転だ。
かおりさんがいじめている構図に見事にすり替えた。
かおりさんとしては、腹が立って仕方が無かっただろう。
これからは何か問題があった時は必ず報告するようにと一方的に言って終わりとなった。
これら一連の流れはすべてカウンターのバックオフィス、すなわち、
名取、五島、三丸の三名のいる場所で繰り広げられた。
3人の男は壁際に大きく引いて行く波だった。
そこで壁画のごとく静止していたらしい。
その後、かおりさんはあの険しい顔で帰って行った。

沙羅ちゃんのおかげで、杏子は状況が手に取るようにわかった。
かおりさんの指摘は決して無駄ではなかったと思う。
これで、香奈ちゃんは定期的病欠がやりにくくなった事は間違いない。
すべてしっかりと記録で残っているのだ。
後日、杏子はこの事をタンさんに話した。
タンさんは、杏子に嬉しそうに言った。
「本人は悪い事とは思っていなかったんだろうね。周りにもばれてないと思ってたんだよ。ところが、まわりは知ってて言わないだけ。でも、これがきっかけでみんなが知ってる事がわかって、死ぬほど恥ずかしかったんじゃないかな?」

6月中旬の月曜日、香奈ちゃんはあらかじめ有給を申請したそうだ。
これで彼女は自白したも同然だった。
でも、とりあえずは推定無罪ということになるのだろうか?

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