どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ47  嵐に紛れて

杏子は大体朝一番に出社する。
ところが、その木曜日は違っていた。
朝、エレベーターを降りて、ブラインドが下りたカウンターから光が漏れていることに気が付いた。
それまで一度たりともそんなことはなかった。
杏子が不思議に思いながら、奥の入口からオフィスに入ると、カウンターどころか旅客営業の2人と貨物課の2人ももうすでに仕事をしていた。
訳のわからない状態で杏子が自分のデスクにバッグを置いたとき、田中さんが声をかけた。
「おっ、杏子さん、おはよう! いやぁ、たいへんだよ~。」
杏子は何が大変なのか聞く間も与えられず、田中さんは一気に説明してくれた。
要するに、今日のフライトがキャンセルになったという連絡が早朝に入って来たということだった。
日本から出発便は、火曜、木曜、土曜の週三便だが、それらはすべて本国ソラリア国から日本に到着した便が折り返し便として運航されるのだった。
つまりは、木曜午後に到着のはずの便が早々に運航中止となっていたのだった。
結果、夕方日本から出発予定の便が運航不能になったのだ。
そもそも日本への便の使用予定機材が、これまたその前の運航の遅れで間に合わなくなり、さらには代替機材すら都合がつかなくなったのだ。
航空会社の保有する飛行機の数には限りがある。
そのやりくりは、神業に近いものがあるのだ。
幸か不幸か、今日日本初の便の乗客はかなり少なかった。
もちろん、少ないから問題ないということではないのだが。
航空会社の都合でフライトキャンセルとなれば、航空会社が代わりの便を手配する責任がある。
ソラリア航空の自社運航便はフライトキャンセルとなっているわけだから、競合する他社便でもいいから、旅客がその目的地に出来るだけ遅れが無いよう到着できるように予約を取り直し、航空券を手配してあげなければならないのだ。
航空会社間にはたとえ競合する会社でもそういう場合の提携合意がなされているところがあり、何とか旅客に迷惑がかからないようになっているのだ。
無論、格安航空会社などはその中には入っていない。
また、地方からわざわざ東京まで出て来る旅客も少なくなく、時としてホテルまで取る必要が出てくる。
どこまでを旅客のために手配するかは航空会社によって違ってくる。
もし満席の便がフライトキャンセルになっていたらと考えると恐ろしくなる。
ソラリア航空に幸いしたのはもう1点。
日本での3大ピークシーズンは、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆だが、それ以外にも学校の春休み期間も混雑の時期だ。
今回は、春休みとゴールデンウィークの間の閑散期だった。
さもなければ、大勢の乗客をかかえながら、しかも、他社も軒並み満席で、どうすることもできない場合があったかもしれない。
それでも100人近くの人数を何とか他の便に振り替えるのは大変な作業だ。
なかにはクレームする乗客もいる筈だ。
その対応も必要になる。
貨物については、航空便で送ること自体が急ぎを意味している。
そうでなければ、船便でゆっくり送ってもいいわけだからだ。
したがって、貨物もできるだけ遅れのないように現地に届ける手配をし直す必要があった。
ソラリア航空 日本支社にとって初めての試練と言えた。
なのに、杏子はそんな場合に何の役に立つこともできなかった。
電話番が関の山だ。
タンさんは、あらゆる場面で意思決定を必要とされるので、それぞれの部署とのやり取りが忙しい。
ただ、それは自分で連絡した方が早いので、杏子を介さず進めていた。
田中さんは旅行代理店への連絡はもとより、国土交通省管轄の航空局(通称CAB)への報告や提出物でこれまた忙しかった。
運航便が来なかったら放っておけばいいといわけではないのだ。
空の安全を監督する省庁では、日本発着の航空便のスケジュールを把握しておかなければいけないのだ。
空港が混雑している時期に、自分の乗った飛行機がなかなか着陸できず上空を旋回する事があるとすれば、それはちゃんとしたスケジュールにより順番をコントロールされて安全に着陸できるようになっていると安心したほうがよいと言える。
カウンターでは、搭乗予定の旅客に連絡を取りながら、予約の取り直しや航空券の変更を進める。
中には、キャンセルしたいと言う人も出てくる。
その場合はやむを得ない。
あとは旅行会社のキャンセル料を航空会社が負担することで処理するしかない。
旅客からはなにも徴収すべきではないのだ。
また、国内在住の人にはほとんど問題なく連絡を取ることが出来るが、日本を訪れている外国人の帰国便に当たる場合は、連絡先が分からず、最悪空港のカウンターに来た時にしか運航中止を伝える事が出来ない場合がある。
予約の際に連絡先をちゃんと入れておくことがいかに重要かが分かる。
フライトが大幅に遅れる時なども連絡が行くようになっているのだ。
旅客や貨物に関わる手配と合わせて、機内食の準備のキャンセルなどもあった。
かおりさんは殺気立っていた。
香奈ちゃんや沙羅ちゃんはただひたすらかおりさんの指示に従い、旅客への対応を進めていた。
当たり前のことだが、こんな場合にはさすがに反抗的な香奈ちゃんも何も言わず素直に仕事をこなしていた。
杏子と五島さんは、頼まれればなんでも手伝おうと待機していた。
貨物予約の上村さんはいつに無く大きな声であちこち電話していた。
進藤さんは時々電話越しの相手に怒鳴っていた。
貨物代理店には、とても荒っぽい人が多いのだ。
物の言い方も決して丁寧では無かった。
むしろ、それが普通だったので、杏子も余り驚かなくなっていた。
進藤さんが、たまに
「ちょっと!あなた!ちゃんと僕の話を聞きなさい!」
とか言っているのが聞こえてきた。
フライトがキャンセルと言われて、大騒ぎして詳しい説明も聞かずに騒いだのだろう。
荒っぽい世界がそこにあった。
午前中いっぱいそれを続けた進藤さんは、午後は空港に向かった。
空港で荷物がちゃんと予定通り振り分けられるか見届けるとのことだった。
貨物はしゃべらない。
つまり、間違ったところに連れて行かれても文句言わないのだ。
ちゃんと見張らないと何が起こるか分からないと言うことなのだろう。
進藤さんが出かける頃には貨物課はかなり落ち着いていた。
残った上村さんは、ヨーロッパ向けの荷物などは現地到着後トラックでの陸上輸送も伴うものがあるので、そちらの手配をヨーロッパ各地のソラリア航空支店の貨物課に連絡をしていた。
五島さんも暇を見込まれ、刈谷さんの手伝いと言うことで空港に向かった。
杏子には彼が何を手伝うつもりかは全く分からなかった。

タンさんは朝オフィスに着くまでは電話で、オフィスに到着してからは直接、かおりさん、刈谷さん、進藤さん、そして田中さんとひっきりなしに会議をしていたため、杏子はお茶を出した時以外会話をしていなかった。
杏子は蚊帳の外ではあったが、オフィス全体が一体となって困難に立ち向かっている感じがして、少しだけ嬉しかった。
ソラリア航空に入って良かったと不思議と感じた瞬間でもあった。
仲間がここにいるという実感が沸いてきた。
そんな杏子はせめてみんなにおいしいコーヒーでも飲んでもらおうと、ランチの後にコーヒーを淹れた。
そしてみんなに声をかけてまわった。
その時、ふと思い出した事が…
確か昨日、来週から入社する総務経理課長の名取さんから電話があって、今日の午後あたりに一度挨拶に顔を出すとか言っていた。
杏子が知っている限りでは、今のところ名取さんが訪れたと言うことはないようだ。
今日来てもらっても困ると杏子は考えた。
早速、自分のコーヒーを持ち、席に戻って、名取さんに電話をした。
「はい名取です。」
名取さんはすぐに出た。
「あ、名取さん、ソラリア航空の中野です。昨日はどうも。今日こちらにいらっしゃるようなことをおっしゃってましたが、実はですねぇ…」
すると名取さんは、
「そのようですねぇ。」
と一言。
杏子は、
「え?ご存知なんですか?」
と聞き返すと、名取さんから驚きの言葉が返って来た。
「ずっと、カウンターで待ってますが、なかなか自分の順番が回ってこなくて…」
「はぁっ?カウンターにいらっしゃるんですか?今そちらに行きます。」
杏子は速攻で電話を切って、オフィスの外に出て、カウンターを外から覗いた。
すると、そこに、スーツをびしっと決めた、真面目の見本名取さんが背筋をぴんと伸ばしてソファに座って待っていた。
そのまわりは、今日のフライトキャンセルを知ってカウンターに押し寄せた外人客5~6人だった。
違和感満載の名取さん。
律儀に順番通り座って待っていた名取さん。
来週から入社する会社で、ほぼ社員なのに、誰にも名乗らず順番を待っていたなんて。
どこまで真面目なの?
そんなことを思いながら、杏子はカウンターの入口のガラスドアを開けて、名取さんに声をかけた。
「名取さん、こっちですよ~。」
そして、もう一つ奥のスタッフ入口から中に入ってもらった。
「まさか、カウンターにいらしていたとは…」
と言う杏子に、名取さんは、
「いやいや、まだ社員として入社しておりませんので、スタッフ専用入り口のドアを開けて入るまではございません。今日は皆さん本当にお忙しそうで、もう少ししたら、出直そうかと考えておりました。」
杏子何も言えず。
確かに、奥のドアから入ってくださいとは言っていなかった。
なぜなら、カウンターで声をかけてくれれば、誰かが奥のドアに案内してくれると思っていたからだ。
それなのに、まさかのフライトキャンセルでカウンターはてんてこ舞い。
その中にサラリーマンの見本のような名取さんが真面目に座って待っていたなんてうかつだった。
「名取さん、どれくらい前からいらしてたんですか?」
「そんなでも無いです、1時間ちょっとでしょうか?」
杏子再び絶句。
何とか気を取り直して、
「実は部下になる五島さんも先ほど空港に行ってしまったんです。こんな状態ですから、ちらっとタンさんにごあいさつだけしていただき、後は何かご質問があれば私からご説明させていただきますね。本当に申し訳ありません。」
そういいながら、とりあえずタンさんに声をかけたみた。
タンさんは田中さんと打ち合わせ中だった。
ちらっと杏子たちに目をやり、こちら側に歩いてきた。
名取さんとにこやかに握手を交わし、状況を説明して、また来週と言って終わった。
やっぱり…
もう間が持たなくなった。
名取さんはすべてを察して、杏子がコーヒーでもと尋ねたが固辞して早々に帰って行った。

間が悪いとしか言いようが無かった。
それでも、文句言うわけでもなく、自分を卑下するでもなく、淡々として引き上げて行った名取さん。

杏子の頭の中には、まず アメリカンヒーロー スーパーマンの姿が浮かんだ。
そのヘアスタイルを艶々の黒髪でオールバックにチェンジ。
次に黒ぶち眼鏡を加えてみた。
仕上げは, 胸のS文字を漢字の「真面目」に変えてみた。
そこには、真面目マンこと本名、名取総一郎がいた。

実に頼もしいと杏子は思った。

【ムービー・マスターピース】 『スーパーマン』 1/6スケールフィギュア スーパーマン

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