どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ42 - 秘書のワイルドピッチ(暴投)

総務経理課長の面接は、何事もなく進んでいるようだった。
そして、タンさん、田中さん不在のオフィスはとても静かだった。
もっとも、田中さんに関しては、もともと日中は営業でいつも出かけたままだった。
ただ、朝と夕方の賑やかさでその存在感が印象付けられていただけなのだった。
スタッフ全員が黙々と仕事をこなす一日のはずだった。
たった一人オフィスには変人がいたのだ。
杏子が、タンさんが前日承認サインをしてくれた請求書を五島さんのデスクまでわざわざ持って行った時、彼はコーヒーを飲みながら、椅子にふんぞりかえって、iPODで音楽鑑賞をしていた。
あり得ない!
なんてやつだ!
「五島さん、これタンさんがサインした書類です。よろしくお願いします。」
やや冷たく言う杏子。
「あぁ、中野さん。タンさんいないからのんびりできますねぇ。僕最近この曲にはまってるんですよ。」
とイヤホンをはずして杏子に無理やり聞かせた。
杏子はそんなことは少しもお願いしていない。
なので、
「私はそれなりに日々の仕事をちゃんとこなしてるよ。五島さんもやらなければいけないことがあるんじゃないの?」
もっと冷たい、そして若干の批判を込めた言葉を返した。
「なんか、ピリピリしてますねぇ。もっと、リラックスしましょうよ~。」
杏子はもう相手にするだけ時間の無駄と思い、無言で自分のデスクに戻った。
そして、自分のパソコンに向かって、メールチェックしようと思ったが、なんだか腹立たしさがおさまらない。
あんな仕事で一人前のお給料を受け取っている五島さんに対して、無性に腹が立った。
その怒りを鎮めるために、コーヒー一口、そして、バッグに持っていたアーモンドチョコを一粒口に放り込んだ。
甘いもの効果で、とがっていた神経がすこし丸くなった気がした。
あいつのやることなるべく無視しよう!
そうしないと自分の精神衛生上良くない。
やっと、元の杏子の平静心に戻ったところで、いつの間にかランチタイムとなった。
久しぶりに、かおりさんのお誘いをOK していたのだった。
近くの洋食屋さんに2人で行った。
かおりさんは、杏子が驚くほどの偏食で、好きなものばかり食べたがるのだ。
杏子自身は雑食系なので、なんでも大体おいしく食べる。
なので、かおりさんの希望を尊重してあげていたのだ。
かおりさんは、その洋食屋のマカロニグラタンとパンのセットが大好きなのだ。
それ以外注文しているのを見たことが無かった。
確かにマカロニグラタンはおいしい。
そこのは特においしい。
でも、杏子は他のも試してみたかった。
杏子のその日の選択はオムライスとなった。
ご飯を食べながら、かおりさんは、いつものように、香奈ちゃんに関する不満を話す。
杏子にとっては、もう珍しくも何ともなかった。
あの2面性はもう十分に知っている。
そして沙羅ちゃんがどんだけ面白いことをやらかすかも話してくれた。
それも知っている。
珍しくない。
だが、相変わらず笑わせていただいた。
そのあと、五島さんの話になった。
かおりさんもどうやら杏子と同じことを考えていたようだ。
あのいい加減な仕事ぶりが見ていてたまらなく腹立たしいとのことだった。
文房具のストックコントロールも、無駄にたくさん持っていた方がいいとは誰も思わない。
でも、底を尽くまで気が付かないのは職務怠慢じゃないかと言うのだ。
具体的には、カウンターで使う領収書用紙が無くなるまで気が付かず、慌てて近所の文房具屋まで走って買いに行ったことが1回ではなかったそうだ。
杏子なら、そんなによく使うものなら、大体2冊予備をストックして、残り一冊になったらもう1冊買うとかするだろう。
そんなに難しいことじゃない。
杏子もかおりさんも不思議だった。
五島さんはどう見ても、普段そんなに忙しくなさそうだ。
一体、毎日何をしているんだろうと思った。
それ以外にも、カウンターでは、回数は多くないが現金の出し入れがある。
現金2万円を常時手持ち金庫に備えて、その中からおつりを出したりするのだ。
そのため、ある程度の金種をそろえておく必要があった。
航空券代金の計算は基本米ドル仕立てなので、日本円に換算すると半端な数字になる。
しかも、航空会社のカウンターでの現金支払いが生じる場合と言えば、日付変更や発着地変更などの手数料程度の金額を伴うものが多い。
当然、1円玉や10円玉は結構需要があるのだ。
その金庫の金額もチェックするのは五島さんだ。
その時に足りない金種は気がつくはずだ。
随時補充するのが仕事だろうに。
なのに、そろっていなくて、カウンターの3人が慌てて自分の財布を探して、何とか必要な1円玉や10円玉を捻出したことが結構あるというのだ。
なんと言う怠慢か!
かおりさんは何度も五島さんに注意したと言う。
すると、五島さんはいつもへらへらと、
「新田さん。そんなに怒らないでくださいよ。次から気を付けますから。」
と返事するらしい。
かおりさんはその事をタンさんにも報告しているそうだ。
今度杏子も機会があればタンさんに話そうと思った。

ランチを終えて、オフィスに戻った。
まずは、新たに入って来たメールをチェックする。
その中に、本社からの経理関係の問い合わせがあった。
五島さんが返事できることだ。
杏子はそのメールを転送して、それに返答するようにお願いした。
杏子はそれでその件は終わったと判断していた。

夕方5時頃、タンさんと田中さんがオフィスに戻って来た。
「いや、いや、なかなかいい人ばかりで、難しいねぇ。」
と田中さんが杏子に言った。
タンさんはそそくさと支社長室に入って行った。
まずは溜まったメールをチェックして、杏子を呼ぶだろうと覚悟した。
タンさんは30分程は静かだった。
その後、
「ナカノサン!」
と杏子を呼んだ。
杏子がタンさんの所に飛んで行くと、
「この経理の件は五島さんがやってくれてるのかな?」
と尋ねた。
「はい、メール転送して返事するように依頼しました。」
「もうとっくに返事してるよね?」
「その筈です。もう3-4時間前の話です。確認します。」
「それなら、良いけど。経理から催促のメールが入ってるよ。向こうが見落としてるだけだよね。ちょっと確認しておいてくれ。」
杏子は席に戻って、五島さんに内線電話をした。
「五島さん、さっきの経理からのメール返事してくれた?」
「いや、まだです。今忙しくて…」
「へぇ、忙しいの?ふーん。珍しい。」
と杏子が言った瞬間、電話の向こうで空気ががらりと変わったのが分かった。
五島さんはいつもの雰囲気からは想像できないようなあり得ない声で、
「そうだよ!俺は忙しくてやることがいっぱいあるんだよ!邪魔すんな!」
とガチャンと一方的に電話を切られた。
杏子は背筋が凍った。
まるで、怖い方面のお方に脅されたようだ。
ドキドキしたまま、タンさんの所に行って、
「五島さんは忙しくてまだ返事出来ていないそうです。」
タンさんは、
「何が忙しいんだ。こんなに時間があったのに。なんか今日問題でもあった?」
「五島さんを呼んでくれ。」
杏子は出来ればもう今日は五島さんと話ししたくないと思ったが、言われたら仕方がない。
五島さんにもう一度内線電話をして、
「タンさんが呼んでます。来て下さい。」
と極めて事務的に話して、さっさと電話を切った。
1分以内に、五島さんは杏子の目の前を通って、支社長室に入った。
杏子の気持ちの中で、さっきまでの恐怖が今度は抑えようのない憤りに変わった。
なんで、あいつに怒鳴らなければいけなかったのか?
意味が分からない。
ここは会社だよね?
夜の飲み屋じゃないよね?
そのうち、五島さんが支社長室から出てきた。
杏子には目もくれず自分のデスクのある方に戻って行った。
「ナカノサン!」
タンさんが呼んだ。
「はい。」
と杏子が今度は支社長室へ入る。
「今からすぐに返事するそうだ。そのあと、君の事でクレームして来た。
人をバカにしたような事を言ったと… 何言ったの?」
笑いながら杏子に尋ねるタンさん。
杏子はタンさんに事情を話した。
案の定、タンさんは大笑い。
「暇そうな人間に暇に見えると指摘すると大体そうなるよ。とくにゴシマは普通じゃないからね。気を付けないと。これからは、彼とは他の誰よりもビジネスライクに話するといいよ。災難だったね。」
杏子は心の中で、
だよね?
となぜかタンさんにため口で返事した。
もちろん、口では、
「怒鳴られた時は、はっきり言ってビックリしました。そのあと刺されるかと思いました。」
タンさんさらに大爆笑。
「これからは、冷静にビジネスライクに話します。ありがとうございます。」
杏子は自分の席に戻った。
でも、ちょっと気になることがあって、もう一度支社長室に戻ってタンさんに聞いた、
「タンさん、それで、五島さんの私に対するクレームについてはどう言ったんですか?」
タンさんは、にんまり笑って言った。
「彼女は僕の秘書だ。冷静に判断して、言うべきことを言っただけだ。もう2度とそんなんことを言うな!と言っておいたよ。」

だよね?
杏子はもう一回心の中でため口で叫んでから、
「サンキュー」
と口に出して言って自分のデスクに戻った。

五島さんにはもうすぐ直属の上司が出来る。
たぶんこれまでの自由気ままな仕事の代償をこれから時間をかけてこつこつと返すことになる。

杏子は自分だけに聞こえる小さな声で言った。

天罰じゃ!!!


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