どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ41 - 変貌の原因は髪型か体型か、それとも顔面?

採用面接当日、杏子はオフィスで電話番をすることになっていた。
面接に来る予定の人が、突然都合が悪くなり来られない場合や、到着が遅れそうな場合には、杏子に連絡するようにと案内を入れあったのだ。
遠方からわざわざ面接に来る人が3名いた。
電車が何らかの理由で遅れる事は十分にあり得る。
どんなに早めに家を出たところで、不可抗力ということはあるのだ。
そんな時には遠慮なく連絡してくるようにと伝えてあった。
杏子が連絡を受けるとすぐさま田中さんに連絡することになっていた。
幸い面接会場は十分に時間の余裕を考えて押さえあり、しかも2日間ある。
時間の調整は柔軟に対処しようという話になっていた。
選ばれた人たちには平等に機会を与えたてあげたいとタンさんも田中さんも考えたのだ。
杏子は自分が面接されるわけでもないのにドキドキしていた。
同時に、心底みんなに頑張ってほしいと思っていた。
タンさんと田中さんは朝いったんオフィスに現れたが、資料を持ってすぐさま会場へと向かった。
2人の表情にも真剣さがにじみでていた。
勇んで出かけて行く二人を見送った後、やっと杏子は一息ついた。

その時を待ちかまえていたように、進藤さんが、特に用もないのに杏子のところにやって来た。
進藤さんの両手にはヤクルトが1本ずつ。
そのうち、右手の1本を杏子にと差し出した。
世間で言う袖の下と杏子はいつも思っていた。
杏子は遠慮せずにその乳酸菌を進藤さんと共に補給した。
一気に飲み干した進藤さんは、
「杏子ちゃん、いよいよ今日だねぇ。」
「どんな人が入ってくるのかねぇ。」
「空港にはきれいな女の子がいいなぁ。行く楽しみができるし。」
「総務経理課長はどうせおっさんだろうし。あーあ。」
と勝手に話を続けた。
杏子は、
おっさんがおっさんを見下してどうする!
と口に出してしまいそうだった。
まるで自分もおっさんであることを忘れている。
どの口が言う!
杏子は自分の思っていることを隠すように適当に笑ってみせた。
進藤さんは杏子が適当にあしらっているのに気が付いたようだ。
「なに?杏子ちゃん忙しそうだね?」
「いえ、そうでもないです。いつもと変わりませんよ。」
「なんか今日は冷たいよね。 僕と杏子ちゃんの仲じゃないのぉ。」
「赤の他人の仲ですねぇ。」
「確かに。面白いこと言うねぇ。」
付き合いきれないと辟易していたところに、タイミングよく電話がかかって来た。
やった!
と杏子は思った。
「あ、電話だ。出ないと。進藤さん、ヤクルトありがとうございます。営業行ってらっしゃーい!」
と早口で言いながら、受話器を取った。
やれやれ、電話が救いの神だわ!
と思ったらそうでもなかった。
電話の相手は田中さんで、
「杏子さん?一番目の人が来ないんだけど、なんか連絡あった?」
と思わぬことを聞いてきた。
いきなりの事件だった。
杏子は慌てた。
リストを見ると、いちばん最初は10時からで、皆川さんと言う男性だった。
彼の住所は都内で別に遠くない。
何があったのだろう?
「私、電話してみますね。そのあと折り返しお電話します。」
杏子はそう田中さんに言っていったん電話を切った。
それから大急ぎで皆川さんに電話してみた。
皆川さん本人はすぐに電話に出た。
「皆川さんですか?ソラリア航空の中野ですが、今どちらですか?」
「お世話になっております。今会場の前に立ってますけど、どなたもいらっしゃらないんですが。」
すると、その背後に田中さんの声が割り込んで来た。
いつの間にか電話の相手が田中さんにすり代わった。
どうも皆川さんは田中さんに電話を横取りされた様子だ。
田中さんの声で、
「ごめんごめん。いたいた。よかったよかった。わりぃわりぃ。}
意味不明な2度繰り返す言葉が計4回。
そして電話は切られた。
取り残された感でいっぱいの杏子。
しばらく受話器を耳元に合わせたまま呆然としていた。
それ以降、その日は田中さんからも、タンさんからも、そして面接を受ける人からも一件も電話はなかった。
面接は順調に進んでいるのは明らかだった。
それにしても朝の事件は何だったのか。
杏子は気になって仕方がなかった。
午後6時を過ぎて、やっとタンさんと田中さんが戻って来た。
田中さんは杏子の顔を見るなり、
「杏子さん今朝はごめんね。最初の人、皆川さん。おれ見てたんだよ。挨拶もして。
向こうも挨拶して。俺、てっきりホテルの係の人だと思ってさー。写真と感じ違ってたし。大体そいつさぁ、俺らが付く前からそこにいたんだよ。だから今日はお世話になりますって挨拶しちゃってさ。まさか面接受ける人だとは思わなかったよ。どんだけ早くきてたんだろうな?はっはっはっ!」
笑ってる場合じゃないでしょ!
杏子はとても笑えなかった。
そして考えた。
私の時にそんな係の人なんていたっけ?
履歴書の写真見てるのに気が付かないなんてあり得るのか?
そんなにホテルの従業員顔だったのか?
さぞかし丁寧なお辞儀でもしたんだろうか?
しかし、タンさんも気が付かないなんて…
杏子の頭の中で謎が深まるばかりだった。
タンさんも田中さんもその日の仕事はすべて後回しにして面接をしたわけで、戻って来てから通常の業務を片づけることになっていたので、杏子が余計な質問をする余地は無かった。
タンさんは、まずその日届いていた書類やメールをチェックした。
それが落ち着いた頃なのか、しばらくしてから杏子を呼んだ。
杏子がタンさんのデスクに行くと、
「これとこれは、返事しておいて。」
タンさんはまずその日済ませるべきことを指示した。
それから続けて、
「あと、この人たちは面接不合格の通知をしておいてくれる?文面はタナカと相談して。そして、この2人は残しておくから。次の面接はこのオフィスに来てもらうつもりだ。」
杏子はついついその場で残った2人の書類を覗きこんでしまった。
例の進藤さんの一押しのきれいな女の子は残っていた。
ふーん。
もう1人は、なんと朝一番の話題の皆川さんだった。
写真はごくごく普通の20代半ばの男性で、取り立てて特徴の無い顔だ。
それでも見過ごすほど印象が薄いとは考えにくい。
なるほど、今度の面接で皆川さんには会えるわけだ。
別人と思われた理由が分かるかも知れない。
杏子が思いつく理由は、髪型が大きく違うか、ものすごく太ったかどちらかだ。
女性だったら整形も疑ったかもしれない。
男性だからそんな事はないだろう。
支社長室を出たその足で、杏子は、今度は不合格通知の件で田中さんの所に行った。
杏子の用件を聞いた田中さんは言った。
「あの外人2人だけ残してもう一回試験したいんだと。俺はこの皆川君でいいんじゃないかって言ったんだけどね。礼儀正しくて、ちゃんとしたやつだったよ。女の子の方はね、杏子さんよりずっと若くてきれいで英語もぺらペラだけどなんかぴんと来なかったね。」
なにゆえ、そこで私の名前がでてくる?
その比較対象は全く必要ないぞ!
杏子は軽い抗議の目で田中さんを見た。
田中さんがそんなことを言うから、杏子はまた皆川さんの事を聞くチャンスを逃してしまった。
田中さんはそんなことお構いなしに、
「それでさ、残念通知はこれ使っていいよ。前にも使ったやつだから、同じでいいからね。」
「うちみたいな会社はお客様あってのものだからね、不合格者の人にもちゃんと誠意を示さないとね。今日来た人はみんないい人ばかりだったし、わざわざ来てくれたお礼だけはきちんと伝えておきたいよね。ごめん。俺、折り返し電話しないといけない急ぎの件があるから後はよろしく!」
田中さんはかなり忙しそうだった。
杏子はあまり田中さんの邪魔するのも悪いと思い、不合格通知の見本をもらってすぐに自分のデスクに戻った。
ただ、田中さんの誠意を示すという言葉には深く共感した。
採用してくれなかったからあの会社は大嫌いになったなんて思われたくなかった。

ソラリア航空のカウンターには様々な飛び込みの営業の人が来る。
杏子は変な投資の営業でない限りは、バックオフィスに招き入れて簡単な話だけは聞くようにしていた。それはオフィス機器の営業だったり、印刷業者だったりと様々だが、とりあえず挨拶だけでもいいから、応対するように努めていた。
最低限の礼儀は払いたいと杏子は思った。
お互いにいつか関わりを持つ可能性はゼロではないのだ。
そして、どちらが顧客の立場かはその時にならないと分からないのだ。
そんな飛び込み営業でカウンターに来た1人が、こんなことを言っていた。
「僕ソラリア航空が好きになりました。こんなにちゃんと話を聞いてくれるなんて。この前オーシャンアジア航空に行ったら、すぐに追い払われて、すっごく感じ悪くて、大嫌いになりました。世間ではサービスがいいとか評判になっている会社だけど、人によって態度を変えるような会社には乗りたくないです。」
人が何かを嫌いになる時、その理由はほんの些細なことだったりする。
杏子は良く思われたいからと応対したわけではなかったが、彼のその言葉はありがたくもあり、また心が痛くなるものでもあった。
良い評判や信用を築きあげるには長い時間を必要とする。
でもその評判や信用を一瞬で失うのはとても簡単だ。
人を見下した態度を取ると、いつか手痛いしっぺ返しを受けることになる。
自分が営業でどこかを訪れて、冷たく追い払われたらどんなに嫌だろうと思った。
どんな時でもお互い様という気持ちを失わないようにしなければと強く感じた杏子だった。

面接2日目は、総務経理課長候補の面接だ。
あの五島さんの上司になる人だ。
誰に決まっても、その人は五島さんを見てかなり驚くのではないだろうか。
杏子がどう遠慮がちに五島さんを表現するとしても、変人と言う言葉は外せなかった。
杏子はまだ見ぬその人に憐れみさえ感じた。
募集の要項に、変な部下がいても平気な人と入れた方が良かったのではないかと杏子は真面目に考えた。

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