どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

エピ40 - 人情と冷静とモチベーション

タンさんも杏子もいつ採用面接があるか、また候補者が何人いるかなどは、誰にも口外していなかった。
なのに、いつの間にかオフィス全員どころか、空港にいる刈谷さんにまで知れ渡っていた。犯人は田中さんに間違いない。
やつはタヌキおやじだ。
と杏子は軽い怒りを感じた。
田中さんという人は、本当に口が軽いというか、黙っていられないというか。
そんなことすれば、犯人が自分だとすぐばれるのに。
たぶん、進藤さんあたりと飲みに行った時でもしゃべったのではないかと杏子は推測した。。
なぜなら、このオフィスでは進藤さんは田中さんのはるか上を行く口の軽さで有名なのだ。
お口の最軽量級が進藤さんだ。
ボクシングなら、計量に向けて何の節制もしなくても軽くパスするスーパーアスリートだ。

進藤さんは杏子の事を勝手に英訳の師と仰いでいる。
杏子は仰がれたくはなかったが、いつも拝み倒され買収され仕方なく意味不明な日本語の英訳を手伝うことになってしまっていたのだ。
面接まで1週間を切ったある日、進藤さんが杏子のところに大福を持ってきた。
日頃の杏子の働きを慰労しようと思ったのか。
いや、いつもの買収だった。
「まぁ、杏子ちゃん。たまには、ちょっと甘いものでも食べで休んでよ。」
それは会社の近所にある有名和菓子店の塩大福だった。
毎週木曜日の決まった時間しか販売していない。
そして販売開始と同時に売り切れる有名な塩大福だった。
不本意ながらも、
「わぁ、これ並んだんですか?すごい。おいしそう。いただきます。」
と言いつつ、杏子は早速一口がぶり。
その様子を見ながら、進藤さんは言った。
「ねぇ、面接来週なんだってね。全部で14人でしょ?」
杏子はぎくりとした。
進藤さんは続けた。
「空港の候補者女の子も4人いるんだってね。」
「きれいな子が1人いるらしいじゃん。俺その子がいいな。」
あの、タヌキめ!
杏子は瞬時に犯人の目星がついた。
進藤さんの言うきれいな子がどの子かも分かった。
杏子が目を通した履歴書の写真の中に、確かに目を引く美人がいたのだ。
ただし、写真なんて修正も出来る。
実物を見ないと何とも言えないと思うのは杏子のヒガミだろうか?
しかし、そんなところに目を付けるとは、全く男はいくつになっても…
大福を口いっぱいに頬張り、もぐもぐしながら考える杏子だった。
その大福を喉の奥に押しやってから、
「さあ。私の口からは何も申し上げられません。」
と急に丁寧な口調で進藤さんに返事した杏子。
「杏子ちゃん。さすが秘書だね。口が堅い。」
期待はずれだったのか、進藤さんはすーっと自分の席に戻って行った。
その後姿を見ながら、
大福で私がベラベラしゃべると思ったのか?
杏子は心の中で悪態をついた。
確かに、田中さんは杏子にとっては恩人だ。
田中さんの後押しが無ければ、杏子は今この場所にいない。
それは事実だ。
だが、その事はさておいて、田中さんの人を見る目は怪しい。
感情の赴くままに採用を進めたとしか思えない。
進藤さんのような曲者や五島さんのような変人を採用していることからも分かる。
倉本さんに至っては、社長の娘婿の悲哀に同情するという訳のわからない基準だった。
杏子が思うに、タンさんは田中さんとは全く逆の見方をするのではないか。
タンさんは人物を分析することに関しては長けていた。
これまでも、何度となく人の性格を見透かしたようなことを言って杏子を驚かせていた。
今度の面接は簡単に進まないかもしれない。
面接官2人の考え方がものすごく違っている。
そんな予感がした。

面接の前日になって、杏子は、候補者それぞれの応募書類のコピーを2セット作り、田中さんとタンさんに渡しておくことにした。
まず、田中さんのところに行くと、彼は杏子にこう言った。
「俺はね、この会社に入ったらどうするなんて聞かないんだよ。だいたいみんな立派なこと言うからね。働いている人には、現在どんな仕事をやってるのかを説明させるんだよ。ちゃんと言えるやつは自分の仕事を理解してるってことなんだよ。言えないやつはダメだね。そんな奴はまず仕事が出来ないんだよ。」
ごもっとも!
杏子でも、そこは正しいと思った。
でも、人格的にはどうだろうとも思った。
仕事がちゃんと出来ても人間的にこの人はおかしいと思える人だっているだろうに…
そこが田中さんの面接官としてのウィークポイントだと杏子は思った。
人の言うことをあまり疑わないのだろう。
確かに一回の面接で人を見抜くなんて出来る筈がない。
それが出来たら超能力者だ。
採用も一種の賭けなのだと杏子は結論付けた。
次に、タンさんにももう1セットを持って行った。
タンさんはその書類を受け取って、ぱらぱらめくりながら、杏子に言った。
「面接一回で人を見るなんて無理だね。誰しも立派なこと言うし。」
「面接する方も、好き嫌いが出てしまうことがある。」
タンさんはやはり冷静だ。
「だから、今回の面接では、2,3人に絞り込んで、もう一回個人的に話しをしたり
簡単な論文を英語で書かせるつもりだ。」
杏子は驚いた。
慎重な人だとは思っていたが、そこまでやろうと思っているとは考えもしなかった。
でも、杏子に反対する気は全くなかった。
「タンさん、私がこんなこと言う立場ではありませんが、それはいい考えだと思います。」
と思わず言ってしまった。
それはタンさんに軽く無視された。
「モチベーションと言う言葉があるだろう?」
「君はどういう意味だと思う?」
タンさんは杏子に尋ねた。
杏子はしばらく黙って考えてから、
「自分が何かをやりたいと思う時の理由でしょうか?」
と答えた。
タンさんは、
「ふむ。外れではないけどね。」
ラテン語の動くという言葉から来てるんだよ。いろんな説はあるけどね。動くとは本当に広い意味だね。」
「でもね、何事も始めはそうなんだよ。動くところから始まるんだよ。理屈じゃないんだよ。でもね、その奥にはちゃんとした心理が存在するんだよね。」
「その根底にある部分が何か分かると、その人の仕事に対する姿勢が分かって来るんだよ。僕はそう思ってる。だから、そこを引き出して見たいんだよね。」
深いことを言う。
2度目の面接や論文はそれが狙いか。
「タンさんが面接官だったら、きっと私落ちてましたね。」
杏子は思ったことがつい口にでてしまった。
言ってからしまったと思う杏子。
「ははは。たぶん、そうかもな。」
言われてしまった。
でも、杏子は全然平気だった。
それは時の運だから。
しかも、自分の秘書を自分で面接はやりにくいだろう。
なんせ、未だに、タンさんが自分の来客に杏子を紹介するとき、
「ディス イズ マイ セクレタリー」
とか言うと、相手は、
「こんなきれいな方でうらやましい。」
とか、
「若い女性でいいですね。」
といった具合にそれが奥さんでも紹介されたようなリアクションがほぼ毎回戻って来るのだった。
杏子は秘書として働き始めて以来、その瞬間が一番嫌だった。
なんていやらしい言い方だと心の中で憤慨した。
タンさんにとっては、日本に着任したら、杏子が秘書としていただけだった。
きっと自分で採用したら、好みの人を採用したとかスタッフにも言われた事だろう。
タンさんも絶対いやだと思う。
そうでしょうタンさん!
と杏子が思っていると、
「そうだなぁ。僕だったら、もっと若い人を採用するかなぁ。」
まさかのセリフをタンさんが口にした。
チキショー!
信じていたのに!
勝手に信頼して、一方的に裏切られた憐れな杏子。
上等じゃん!
タンさんのお手並み拝見といこうじゃないか。
苦笑いしながら、支社長室を後にした杏子だった。

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

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