どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の落胆 - その袋なんの袋?気になる袋♪(エピ38)

日焼けしたタンさんが日本支社に戻って来た。
杏子はタンさんがビーチで過ごす光景がどうしても想像できなかった。
どうせ日常日焼けだろう。
勝手に決め付けた。
タンさんは心なしかパワーアップして戻って来たように杏子の目には映った。
そのパワーアップバージョンのタンさんの手から2個の免税店のビニール製買い物袋がぶら下がっていた。
オフィスの誰もが中身はお土産だと期待した。
タンさんは、久しぶりにオフィスに来る時のお約束で、まずスタッフ1人1人に挨拶して回った。
最初にカウンターの3人、そのあと五島さんと貨物課2人、そして水沢さん、田中さんと声をかけ、最後に杏子のデスクまで辿りついた。
杏子は立ちあがって挨拶する。
「お帰りなさい。タンさん。」
「ナカノサン 元気だった?僕がいないからリラックスできただろう?」
いきなりの先制パンチだ。
苦笑する杏子。
うっかり、はいと返事しそうだった。
確かにその通りではあったが、そんなことが言える訳がなかった。
ウィットに富んだ切り返しは杏子にはどうしても無理だった。
杏子にはそんな心のゆとりなど全く無かったのだ。
なぜなら、杏子の頭の中は例のタンさん不在中の大失敗の件でいっぱいだった。
ほんの少しだけあった脳みそのスペースには、タンさんが手に持っているビニール製買い物袋のことがあった。
そしてそれが杏子にほんの少しだけ残された心の余裕だった。
袋の膨れ具合から、四角い箱の存在に気が付く杏子。
お菓子かしら?
なんて考えてしまう。
人間はどんなに悩み事があっても、欲望を消し去ることはできないのだ。

杏子の本日のスケジュールでは、例の私信開封事件でタンさんにみっちり怒られることになっていた。
杏子はそれなりに心の準備をして家を出てきた。
ちゃんとした謝罪と言いわけの言葉の英作文も作ってあった。
ご丁寧に声に出して練習までした。
早くそれを終わらせたいと心底願う杏子。
タンさんは杏子と言葉を交わした後、上機嫌で支社長室に入って行った。
杏子はため息をつきながら椅子に腰を下ろした。
そして考えた。
出来れば、午前中の内に昨晩の練習の成果を発表したい。
セリフを忘れそうだ。
杏子は、いつなん時タンさんに呼ばれてもいいように全神経を支社長室に向けていた。
タンさんはまずはPCを立ち上げて、メールから見るのだろう。
次に、貯まった書類に目を通す。
針のムシロ。
まな板の鯉。
身から出た錆。
こんな状況に適した言葉は何だろう?
考えなくてもいいことを考える杏子。
そうでもしないと辛すぎる忍耐の時間だった。

「ナカノサン」
呼ばれた!
待ってましたとばかりに支社長室へ飛んでいく杏子。
実際にはそんな張り切っている場合ではないのだ。
ところが、杏子の思いとは裏腹に、タンさんはビニール製買い物袋からゴソゴソと探っていた。
そして、やっと目的の物を手に取り、杏子に言った。
「これ、スタッフ全員へのお土産。」
それは高級チョコレート一箱だった。
「ありがとうございます。」
杏子はお礼を言いながらも、
あんなに大きな袋でこれだけ?
と思ってしまった。
それが杏子の顔に出ていたのだろうか、タンさんは
「それから」
と言いながら、タンさんは続けてもう一つ何かを取り出した。
「これは、もらいものだけど、ちょっと面白いからみんなに。」
見ると、ドリアンキャンディと書いてある。
あの果物の王様。
あのすごい匂いを放つ、果肉はクリーミィでおいしいと噂のドリアンのキャンディ。
もう一度お礼を述べながら、杏子はそれでも他にはないのか思いながらその場所に突っ立っていた。
するとタンさんは、
「何かあるの?」
と杏子に尋ねた。
そこで杏子はやっとタンさんに呼ばれた要件は終わったことを知った。
杏子がちらっと見るとビニール製買い物袋にはまだまだ他の何かが入っていたのがわかった。
でも、お土産はもういただいた。
ということは、他は何が入っているのだろう?
杏子は気にはなったが、聞けるはずもなく自分のデスクにすごすごと戻った。

杏子が全スタッフ宛てに、タンさんからお土産にチョコとドリアンキャンディをいただいたことをメールで伝えると、まず、五島さんと上村さんが飛びついた。
2人で杏子のデスクまでやって来た。
五島さんはニヤニヤしながら言った。
「ねぇ ドリアンキャンディ やばそうですね?どんな味か僕達食べてみますよ。お毒見係ですよ。」
確かに杏子も興味があったので、五島さんにキャンディを袋ごとポンと渡し、
「うん。感想教えてね。」
と言った。
五島さんは杏子の目の前で袋を開けて、キャンディを2個取り出し、そのうち1個を上村さんに渡した。
そして、2人同時に包み紙をはがして、キャンディを口にポイと入れた。
しばし無言で味わう2人。
なんだか2人とも目を白黒させてる気がした。
10秒後、2人同時にペッと手のひらにキャンディを吐きだした。
「おぇー!」
悶絶の2人。
「げーっ!ちょっとうがいしてくる。」
あっという間に、2人仲良くトイレに走って行ってしまった。
激しくまずかったらしい。
杏子は、五島、上村の尊い犠牲的精神のおかげでそのキャンディに手を付けずに済んだ。
そのほかのスタッフも救われた。
どうかドリアンキャンディのせいで彼ら2人が早退するようなことが無いことを祈るのみ
だ。
確かにドリアンは好き嫌いがある。
正直、杏子は大嫌いだった。
あの匂いは人間の食べ物とは思えなかった。
ところが、ソラリア人の大半はドリアンと聞くと目を輝かせるそうだ。
味はクリーミィで濃厚とのこと。
口に入れるまでの葛藤がすごそうだった。
こんなに不評なドリアンキャンディでも、タンさんの手前、すぐに捨てるわけに
はいかなかった。
仕方ないので杏子は残りをサランラップでぐるぐる巻きにして冷蔵庫に放り込んだ。
しばらく寝かしてから、隙を見て捨てることにしよう。
上司のしでかした不始末を処理するのは秘書の仕事だ。
などと政治の世界の間違った考えをうっかり実践している杏子だった。
ドリアンキャンディ ペッと吐きだし事件の騒ぎにも全く気付かず、タンさんは黙々とた
まったメールや書類に目を通していた。
杏子にとっては怖すぎる沈黙だ。
そして、午前中にお叱りはなく、ランチの時間になってしまった。
タンさんは田中さん、進藤さん、そして丸さんを誘ってランチに出かけて行った。
やっぱり上機嫌だ。
田中さんを誘うなんて驚きだった。
結果、杏子は不安なままお昼を食べることになってしまった。
ランチから戻って来たタンさんは、ずっとハイテンションを持続していた。
支社長室でひたすら静かに何かをしていた。
杏子は、もうこの緊張感に堪えられなかった。
早く怒って!
怒られたいの!
極度の緊張のせいか、変なMの世界へ行きかけていた杏子。
「ナカノサン!」
呼ばれる度に心臓が口から半分飛び出す感じだ。
杏子は飛び出しかけた心臓を口の中に戻してから、再び支社長室へと出向く。
タンさんは、今度は、
「これメール返事しておいて。」
と言って、自分の書いた下書きを杏子に手渡した。
またもや肩すかし。
もうとっくに留守中に来た書類には目をと通し終わっただろうに。
杏子ががっくりとして支社長室を出ようとした時、
「あ、そう言えば」
とタンさんがつぶやいた。
ギクッとして立ち止まる杏子。
振り向くと、タンさんは笑いながら
「僕宛ての私信開けるなと言ったのに開けただろう?」
来た!
さぁ、昨晩の練習の成果を発表しようと杏子が一呼吸した時、タンさんが続けた。
「まぁ、開けたところで読めないからいいけどね。次からは気を付けるように。」
そして、またにこっと笑った。
不気味だった。
「はい。すみませんでした。」
と力なく返して杏子は支社長室を出た。
私信を開けるなとご指示を受けたにも関わらず、うっかり開封した大失敗が先週水曜日。
それから週末も合わせて4日間、忘れたくても忘れられなかった件だった。
どれだけ怒られるかと神経すり減らして4日間過ごしたのに、まさか笑顔で注意されると
は思わなかった。
とりあえず杏子の呪縛は解かれた。
それだけは間違いなかった。
そうか今後気を付ければいいのか…
杏子は、これからは一つ一つの仕事をより丁寧に慎重にやっていこうと心に誓った。
確かに、杏子にとってはいい薬だった。
過去4日間にわたって罰は受けていたのだ。
タンさんはその辺が分かっていたから、あんな風に注意するだけで十分と思ったのかもし
れない。
杏子にとっては、ある時間まではびくびくしながら、そのあとは慎重に仕事を片づけ、久
しぶりに緊張感たっぷりの一日だった。
久しぶりにタンさんがオフィスに戻った一日は先週までの一日と比べて、倍の速さで過ぎ
たようにさえ感じられた。
いつの間にか5時を過ぎていた。
タンさんはもうそろそろ帰るころだ。
ふと、杏子は思い出した。
あのビニールの袋の残りの中身は何なのだろう?
ひょっとして自分へのお土産?
一難去って、図々しくなった杏子。
もうタンさんったら、ちゃんと留守を守った秘書へのねぎらいかしら?
期待しちゃう!
「ナカノサン」
タンさんがまた呼んでいる。
部屋へ入ると、タンさんが机の上にビニール袋を置いてごそごそやっていた。
「僕は今日はもう帰るけど。これ忘れてた。」
杏子は、わざとらしい驚きの芝居とお礼の言葉を準備した。
すると、タンさんが袋から出したのは、大きい蓋付きマグカップと謎の黒いわかめみた
いなものの入った袋が3つだった。
マグカップはとても中国的な模様のものだった。
「これは、僕のお気に入りの中国茶だ。中国本土の友人がいつも送ってくれてるんだけど、
この前は日本に最初来る時持って来るのを忘れてね。どうしようかと思ったよ。そしてこ
れが、中国茶用のカップだ。これで明日から、朝、僕が来たらお茶淹れてくれるかな?」
「もちろんですよ!はいわかりました。」
自分の都合のいい考えが完璧に外れた杏子は無理して元気に返事した。
中国茶は淹れ方にこつがあるんだ。いいかい?まず、葉っぱはひとつかみ。多くても少なくてもダメ。ほんとにこれくらい。」
そうやって、杏子にお手本を見せてくれた。
「それから、お湯は熱湯を入れて、一回目はすぐ捨てること。2回目にたっぷりお湯を入れて蓋をする。あとは、お湯さえ足せば一日これだけでいいんだよ。楽だよね?よろしくね。」
タンさんの説明は相変わらず細かい。
杏子はカップとお茶を全部受け取り、そこでタンさんの持ってきたビニール製買い物袋が空になったことを確認した。
他にその中に入っていたのは、デスク周りの写真立てや置物だとわかった。
なぜなら、タンさんのデスクまわりはなんとなくエグゼクティブのデスクらしい感じで飾られていたからだ。
杏子の淡い期待はすっかり消え去った。

その後、タンさんは嬉しそうに帰って行った。
むなしさだけが杏子に残った。
ふたつの期待はずれ。
ひとつは厳しいお叱りを受けなかったこと。
もうひとつは恥ずかしい妄想。

この~木何の木?気になる木♪
替え歌で木を袋に変えて口ずさんでみた。