どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の再始動 - 他人の靴に足を合わせる(エピ33)

 

ソラリア航空の社長が世界中の全社員に向けて発信した年頭のお言葉の中に

 

‘Put yourself in someone’s shoes’

 

と言う言葉があった。

 

 

 

直訳すると、他人の靴に足を合わせてみろと言うことになる。

 

それはすでに慣用句となっていた。

 

顧客サービスに携わる者にとってとても意味深い。

 

要するに他人の立場になって考えろと言う言葉だ。

 

 

 

顧客がどのようなことを言われたり、されたりしたら、不愉快になるか考えることは、自分の身に当てはめてみればよくわかるだろう。

 

何をしてあげたら喜ぶかではなく、何をしてはいけないかをちゃんと考えないといけない。

 

 

 

そういった意味では、倉本さんのやってしまったことは致命的でもある。

 

杏子は考えた。自分がワグナーさんだったら、どう思うか。

 

やはり、屈辱的で泣きたくなる。そして、忘れられないだろう。

 

 

 

刈谷さんは倉本さんにどのように注意したんだろう?

 

刈谷さんはとても丁寧で細かく指示するタイプだ。

 

男性には珍しいくらいの細やかさだ。

 

自分が他のことで忙しかったばかりにそうなったと考えて自分を責めるかもしれない。

 

それとも、度重なるミスの連続に追い打ちをかけるように今回の事件だ。

 

激怒して、倉本さんに今回ばかりは言いたいことを言ったのだろうか?

 

杏子は刈谷さん自身をあまりよく知らない。

 

したがって、杏子には想像するのが難しい。

 

 

 

フライトのない水曜日の朝、かおりさんからこっそりメールが来た。

 

刈谷君が用事でこっちに来るから、夜ご飯でも食べない?

 

杏子は予定もなかったし、ちょっと刈谷さんにも会いたかったので、すぐさまOKと返事した。

 

 

 

待ち合わせは、外のコーヒーショップだった。

 

香奈ちゃんに見られたら、またなにを言われるかわからない。

 

面倒くさいことはごめんだ。

 

 

 

杏子だけが待ち合わせにちょっと遅れて行くと、刈谷さんとかおりさんが待っていた。

 

そこからちょっと歩いて、かおりさんお勧めのダイニング・バーへ向かった。

 

目的地に到着し、席に着いて注文して、一瞬3人ともシーンとなった。

 

杏子は何を切り出したらいいかわからなかった。

 

すると、かおりさんが、

 

「しかしさぁ、倉本さんはこれからちゃんと仕事出来るようになるかな?

 

いきなりのどストライクの話。

 

すると、刈谷さんは、

 

「彼は悪い人じゃないけど、仕事についてはほんとにミスが多くて。顧客に対応させるのはもう怖くて。今までも、何かミスがある度ちゃんと注意してるし、今回の事件なんて、結構時間を割いて話合ったんだよね。でもね。」

 

一息ついてから、

 

「たぶん、向いてないと思う。他の仕事探した方がいいんじゃないかと思う。」

 

と続けた。

 

かおりさんは、

 

「じゃあ、そう言ったら?

 

こういう時、ばっさりと切るのは女の方に多い。

 

「どうするつもり?って本人に聞いたんだ。そしたら…」

 

ほんの少しだけ躊躇して、

 

「辞めたいって。」

 

「他に仕事先あるの?って聞いたら、とりあえず関西に戻って考えるって。彼は彼なりにもう無理だと思ってるみたい。」

 

「今週中にタンさんに退職願いを出すって言ってる。」

 

刈谷さんはやっと声を絞り出すように言った。

 

杏子は何も言えなかった。

 

かおりさんはさっぱりとした感じで言った。

 

「また、新しい人探さないとね。募集すればたくさん応募があると思うよ。でも慎重に選ばないとね。」

 

「うん、しばらくは1人で頑張るよ。早く進めてもらうようにタンさんにはお願いしようと思うけど。ありがと。」

 

刈谷さんがそう言っている間に、目の前にはとっくに注文した料理が並んでいた。

 

 

 

そうか倉本さんやめるんだ。

 

でも、杏子はあまり驚かなかった。

 

そうなるんじゃないかとどこかで思っていたからだろう。

 

かおりさんがパッと明るい顔で、

 

刈谷君さ、明日午後出勤でしょ? 飲んじゃえ!私も明日午前休にしてるから。」

 

刈谷さんに乾杯を強要した。

 

 

 

えぇーっ!

 

2人とも明日午後から?

 

私思いっきり朝からだけど。

 

ショック!

 

そりゃ二人はへべれけになっても大丈夫だろうけど、私無理だからね!

 

心の中で精いっぱいの抗議をする杏子。

 

 

 

かおりさんと刈谷さんはワインをガンガン飲んでいた。

 

杏子は、二人が酔って話が盛り上がっているのをいいことに、とっくに

 

ソフトドリンクに切り替えていた。

 

 

 

「しかしさぁ、倉本さんて見た目だけは超イケメンだよね。」

 

とかおりさん、

 

「そうなのよぉ。時々ほんとにいい男だなって見とれちゃう。うふっ!」

 

 

 

うふって何?

 

刈谷さんどうしちゃったの?

 

ざわつく杏子。

 

 

 

刈谷君、倉本君はタイプだった?

 

とかおりさん。

 

 

 

実は私だけ酔っ払ってるのか?

 

ドッキリカメラか?

 

混乱する杏子。

 

血液がF1並みのスピードで体中を駆け巡る。

 

 

 

「彼はストレートだからね。見た目だけいい男だなって。」

 

「ふーん」

 

杏子は、2人の会話にまるでついていけない。

 

 

 

いきなり、かおりさんが杏子の方を向いて、

 

「ねぇ、杏ちゃん、どっかに刈谷君にいい人いないかな? 杏ちゃんの友達にそっち系いない?

 

と聞いた。

 

 

 

そっちってなんだ?

 

え、刈谷さんそういうことなの?

 

そっちなの?

 

そっちってどっち?

 

私が女だから、こっちってこと?

 

いや、刈谷さんは男だから、あっち?

 

そっち、こっち、あっち、どっち?

 

シラフで悪酔状態、方向感覚すら失った杏子だった。

 

 

 

勇気を出してはっきりしないと。

 

刈谷さん男の人の方が好きなの?

 

杏子は聞いてみた。

 

すると、なぜかかおりさんが、

 

「あれ、杏ちゃんしらなかったの?刈谷さんがゲイだって。」

 

うそ!

 

「みんなとっくに知ってるよ。」

 

うそうそ!

 

「あれぇ、僕、中野さんに言ってなかったっけ?

 

刈谷さん。

 

言ってない言ってない!

 

「別に隠すことじゃないし。みんなに言ったつもりだったけど。」

 

聞いてない聞いてない!

 

 

 

さっきまで、ゲイのカミングアウトにショックだったが、みんな知っていたと聞いて

 

そっちの方がショックだった。

 

 

 

もう早く帰って寝た方がいい。

 

 

 

「知らなかったけど。この時代そんな珍しいことじゃないもんね。へぇー。そうなんだー。刈谷さんはすごく素敵な人だから、すぐにいい人見つかるよ。私も周りの友達に聞いてみるね。」

 

もはや、心と言ってることが別世界となっていた杏子。

 

そして、かおりさんと刈谷さんは、もっともっとへべれけになって行った。

 

杏子は、タイミングを見計らって、

 

「もっと話したいけど、私明日朝からだから、先に帰るね。ゆっくりしていって。お金これくらいで足りるかな?

 

と聞くと、かおりさんが、

 

「杏ちゃんあんまり飲んでないから、そんなにいらないよ。私立て替えておくから。明日ちょうだい。じゃあ気を付けてね。」

 

と言ってくれた。

 

杏子は逃げるように駅まで走った。

 

 

 

いくらなんでも、こればっかりは刈谷さんの立場に立って考えることができない。

 

人間、他人の立場になって考えられないことがあったのだ。

 

 

 

まだ1月なのに、今年のビックリ オブ ジ イヤーが早くも決まった。

 

次の年末まで、絶対これよりビックリすることはないと確信した杏子だった。

 

 

アイコ びっくりポテトチップ

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