どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の再始動 - タンさん事件です(エピ32)

タンさんは、日本にいる間は基本24時間連絡可能な状態でいなければいけない。

航空会社の日本支社長としては、いつどんな緊急事態があるか分からないのだ。

年末年始の期間、都内のオフィスは完全に閉鎖していていたが、その間も定期便は運航していた。

しかも、出国ラッシュに帰国ラッシュと忙しい時期だ。

運航便がある日は、空港スタッフは通常勤務だ。

年末年始期間中、何か緊急事態があれば、遠慮なくタンさんに連絡することになっていた。

田中さん、かおりさんも連絡がつくようになっていた。

世間一般の旅行シーズンは旅行業界の人間にとっては、いちばん忙しく働く時期なのだ。

休む時期ではなかった。

 

若干の出発便の遅延は大丈夫だが、たとえば2時間以上の遅れなら、旅客にはミールクーポンなど出して時間をつぶしてもらわなくてはいけない。

せっかく旅行会社や航空会社に言われた通り、早めに空港に来たにもかかわらず待たされるのは本当に辛いものだ。

さらには、予定していた乗り継ぎ便に間に合わない旅客も出てくる。

最悪の場合、他社便に振り替えなければならない。

自社便にこだわわってはいられない。

できるだけ早く目的地に到着できる他社便をさがさなくてはならない場合があった。

 

天候が理由の場合には、基本的には航空会社にとって免責事項となる。

旅客運送約款には必ず記載されている。

大雪や台風などがその場合だ。

とは言うものの、航空会社が全く責任ありませんという態度では旅客は納得しない。

できる範囲で顧客に対して誠意を見せる。

その対応は航空会社によって大きく違ってくる。

一般的にアジアの航空会社はそういった意味では手厚いと言えるかもしれない。

 

ソラリア航空日本支社にとって初めての年末年始に深刻な問題は無かったように見えた。

確かに仕事始めの時点では、問題なしと報告されていた。

ところが、後日大きなお土産が届いた。

ことの発端は年末の出発便のチェックインカウンターでの空港スタッフ、倉本さんの対応だった。

国際線、しかも長距離を旅する旅客が、手ぶらと言うことはあり得ない。

通常たくさんの荷物を携えて空港のチェックインカウンターにやって来る。

荷物の種類は、機内持ち込みの荷物とチェックインの際に預ける荷物の2通りだ。

預ける方は一般的に受託手荷物と呼ばれている。

どちらも大きさや重量には制限がある。

機内持ち込みの荷物は、細かい規定はあるが、基本的な考えとしては、頭上の棚に入るか、または、座席の下の隙間にしっかりと収まるかどうかだ。

緊急事態の際、非難の妨げになってはいけないからだ。

つまりは、安全上の理由なのだ。

受託手荷物はもっと明確な制限がある。

太平洋横断(トランスパシフィック)の便とそれ以外でも異なるが、ソラリア航空の場合、国際線では、エコノミークラスならば旅客1人につき1個で重量は30キロ以内の制限を設けている。

日本人旅客の荷物は大体コンパクトにまとめられ、重量制限の範囲内で収まっている場合がほとんどと言っていい。

一方、日本から自国へ帰る外国人旅客は、かなり大きな荷物を持ってチェックインする場合が多い。

受託手荷物の重量が30キロを超えることも少なくない。

規定の重量を超えてしまうと超過手荷物料金がかかる。

意外と安くない。

超過5キロごとの課金だが、思いの他お金がかかる。

追加料金を払って預けるか、荷物の中身を持ち込み荷物に移して何とか制限内に収めるか、さらには、要らないものは捨ててしまうか選択肢は3つにひとつだ。

中には、

「他の航空会社では、オマケしてくれた。」

と言い張る外国人旅客も少なくない。

それでも、譲歩するわけにはいかない。

「規則ですので、若干の重量オーバーでも超過料金はお支払いただきます。」

と丁重に説明するしかないのだ。

ソラリア航空では支社長であるタンさんが認める特別な場合以外は、すべてお支払いただくように説明する。

特別な場合と言うのはVIP関係やCIP関係だ。

VIPは原則、国家元首など政府の命を負って旅する人たちを指す。

どんなに大企業の社長でも国家元首レベルでなければVIPではなく、CIPとして扱われる。

コマーシャリー インポータント パーソンの略だ。

すなわち、ビジネス上重要な旅客と言うことだ。

 

年末のある日、ソラリア航空チェックインカウンターで外国人女性が1人、どうしても超過手荷物料金が払えない、そんなお金が無いから何とかしてくれと譲らなかった。

業務委託会社のチェックインカウンター担当者が、クレジットカードでもいいと言っても、そのクレジットカードも使えなくなっていて無理だと言うのだ。

結局、どうしても説得できず、ソラリア航空社員である倉本さんに連絡してきた。

倉本さんが代わりに対応し、会社の規則だからと説得するが平行線のままだった。

そのうちその女性はマネージャーに話がしたいと言いだした。

あいにく、その時刈谷さんは別件で手が離せず、タンさんも何かの理由で電話に出ず、仕方なく、倉本さんは田中さんに電話した。

田中さんは電話に出た。

倉本さんは田中さんに状況を説明し、

「この人絶対うそついてます。お金払いたくないから、こんなこと言ってるんですよ。こういうこと言う外人よくいるんですよ。」

と言ってから、電話をその女性に渡したとは田中さんの後日談だった。

田中さんは、英語堪能だ。ほとんどネイティブのレベルだ。

しばらく話した結果、その時財布にあるだけの現金を出してもらい、残りはロンドンの自宅に請求書を送り、帰国後ロンドン支店まで送金してもらうと約束を取り付け、連絡先などを聞いてその場を収めた。

その一件については、後日刈谷さんが報告書を提出していた。

田中さんが最終的には対応したとの記載もあった。

すべてはうまくおさまったように思えた。

 

年始のオフィスで田中さんは、

「俺、実はあの時もう酔っ払ってたんだよな。力いっぱい冷静なふりして対応したよ。はっはっはっ!

と笑い飛ばしていた。

酔っ払ってもちゃんとした対応ができるとは大したものだ。

やっぱり、田中さんはすごいと杏子が思いかけた時、田中さんはさらに話を続けた。

「女はああいう時、泣きつくんだよ。本当は強いくせに。女も年取るとずるがしこくなっちゃうよね。ねっ?杏子さん。」

なんで私に矛先を向ける!

やっぱり尊敬は取り消す!

確か30歳くらいの女性だったはずだ。

それが年取った女呼ばわりだ。

あんたはいつの時代の人間だ!

いつか名誉棄損で訴えてやる!

田中さんのいつものジョークに新年から憤慨する杏子だった。

すっかり、お決まりのコントシーンとなった感すらある。

 

事実、田中さんは確かにその時、その場をうまく治めていた。

ところが、どこか深い所で問題はこじれにこじれていた。

 

それは、ロンドン支社の経理部長からの1通のメールで発覚した。

一月半ばを過ぎたころだった。

予想外の連絡が届いたのだ。

その女性の名前は、パトリシア・ワグナーさんと言った。

ワグナーさんが書面で、残りのお金は絶対に払わないとロンドン支社に回答してきたということだった。

彼女が挙げた理由は、出発時のソラリア航空空港スタッフの不適切な対応と言うことだった。

ロンドン支社の経理部長は、詳しくは彼女から手紙のコピーを送ると言ってきた。

早速そのコピーがロンドン支社からメールで届いた。

宛名は日本支社長宛てになっていた。

 

杏子が目を通すと、こういうことだった。

 

(以下手紙の内容)

 

私は昨年末ソラリア航空で日本からロンドンに帰国したワグナーと申します。

出発当日は、私の2年半の日本滞在の最後の日でもありました。

しかし、御社の空港スタッフのおかげで、私の2年半の日本での素晴らしい思い出がすべて台無しになりました。

私の預け入れ荷物は日本滞在の記念の品でいっぱいで、制限重量を少し超えていました。それは、たった2キロでした。

私は、なんとかその2キロを見逃してもらえないかと懇願しました。

なぜなら、もうこれで日本も最後と思い、後は帰国するだけだったので、最低限のキャッシュしか持っていませんでした。さらには、クレジットカードも利用限度に達して使えない状態でした。

機内持ち込み荷物ももう持てないくらいの量でしたので、スーツケースから何かを出して、手荷物にすることももう無理でした。

ましてや、捨てることのできる物はありませんでした。

どんなにお願いしても、御社空港スタッフのクラモトの答えはNOでした。

私は、ではマネージャーと交渉させてくれとお願いしました。

クラモトはタナカと言うマネージャーに電話をしてくれました。

その時、彼は聞き捨てならないことを言ったのです。

何度も言いますが、私はそれまで2年半日本に滞在していました。

学業のためです。チャックインカウンターでは英語で話していましたが、日本語はとても流暢です。読み書きもできるほどです。

クラモトは、タナカに電話したとき、最初にとても失礼なことを言いました。

それは屈辱的な決して許せない言葉でした。

私は今でも忘れることができません。

一方、マネージャーのタナカはとても誠実で、規則だから出来る限り払える金額を払ってほしいが、足りない分は後日ロンドン支社で払ってくれてもいいと言ってくれました。

私はその時は納得して、正直に連絡先のメモをクラモトに渡しました。

その時はちゃんと払おうと思って言いました。

本当です。

そして、私は荷物を預けました。

クラモトは最後まで私をうそつきを見るような態度で、しぶしぶ荷物にタグを付けてコンベヤーへと流しました。

飛行機に搭乗しサダールまで行き、さらにロンドンに着くまでの間にその悔しさが何度も思い出されました。

そして、だんだんと許せない気持ちになりました。

日本での思い出をすべて台無しにされた気分でした。

先日、御社ロンドン支社の経理部長から請求書が届きました。

それと同時に、忘れかけていたあの悔しさが思い出されました。

涙が出そうでした。

私はこんな思いをさせられた上に、この金額を払わなければならないのかと考えました。そして、私は、クラモト個人からとソラリア航空日本支社からの誠実な謝罪の言葉なしには決してこの金額を払うまいと決心しました。

支払うべき金額は本当に微々たるものです。わずか3000円は安いものです。

私はそのお金が払えないわけではありません。

はっきりとお伝えします。

払いたくないのです。

クラモトが私にした仕打ちを心から謝罪しない限りこの考えはかわりません。

 

(以上 手紙の内容)

 

読み終えた杏子はため息をついた。

なんで倉本さんはそんなバカなことをしたのか。

日本にいる外国人が日本語を全く分からないわけがない。

たとえ分からないとしても、言ってはいけないことがある。

杏子はそれをタンさんが見た後の状況がすでに想像がついた。

 

杏子はプリントアウトしたものをタンさんに持って行った。

タンさんが静かにその手紙を読んでいる間、杏子はデスクのわきで立って待っていた。

そう言われたわけではないが、読み終えた後の指示を待っていた。

読み終えたタンさんは、杏子と同じように深いため息をついた。

そのあと舌打ちした。

刈谷に電話してくれ。ドアは閉めてくれ。」

杏子にそう言った。

杏子は自分のデスクで刈谷さんに電話して、タンさんに転送した。

ドアは閉めておいた。

 

電話が終わって、タンさんは内線で杏子を呼んだ。

杏子が支社長室に入るとタンさんは話し始めた。

「あのクラモトはバカか。外人だから英語しかできないだろうと思うなんて浅はかな!

たとえ言葉が分からなくても、自分のことをよく言っていない時は見ればわかる。

どんな状況でも顧客に対しては一定の礼儀を持って対応しなればいけない。

それがプロだろ?

刈谷には今後彼をちゃんと教育し直すように言っておいた。

クラモトにその女性へのわび状を書くように指示させた。

たぶん、もう彼女からお金は徴収できないだろう。

間違いなく、謝罪しても次にまた何か言ってくる。

これまでの経験からも分かる。

ロンドンの経理部長には、クラモトのわび状と支社長としての謝罪文を付けて、もう一度請求書を送ってもらうが、6か月過ぎたらそれを帳消しにする手続きを取らざるを得ないだろう。

クラモトは、満足にクレーム客の対応もできないのか。

話にならん!

どこに怒りをぶつけていいかわからない様子だった。

杏子はタンさんの傍らで、ただひたすらに愚痴を聞くしかなかった。

タンさんの言うことは正論中の正論だ。

杏子も強く同意した。

彼は会社の評判に泥を塗った。

 

航空会社にもレストランガイドのミシュランのように一般の旅客になりすました調査機関の調査員が搭乗することがある。航空会社社員には誰がそうなのか全く分からない。

調査員は、予約発券カウンターの対応、空港スタッフの対応、そしてクルーの対応などいろんな項目をチェックし点数を付けている。日本でだけ調査しているわけではないので、いつそれがあるかも分からない。

その機関は月ごとにレポートを発行する。

日本の大手航空会社やシンガポールの会社はいつもトップクラスにランキングしている。

残念なことにソラリア航空日本支社はそれまでクルーサービス以外のどの分野でも下の方から探した方がしたいいようなレベルだった。

タンさんはそれをとても気にしていた。

それでも、まだ就航して間もないということで改善の余地があると思っていた。

 

その覆面調査員がこのワグナーと言う女性だったら、ソラリア航空日本支社は終わりだった。長い時間をかけて評判を築きあげてきたとしても、一瞬の油断で谷底まで一気に転落する。いとも簡単にだ。

 

ほとんど間を空けずに、倉本さんは謝罪文をタンさんに送って来た。

残念なことに、その内容はタンさんをさらに失望させるような稚拙なものだった。

英語表現といい、形式をいい、余りにもひどかった。

てっきり杏子はタンさんが激怒するかと思っていたら、意外にもあっさりしていた。

無表情と言った方が正しいかもしれない。

それにタンさんの謝罪文を付けて、ロンドン支社の経理担当に送信した。

 

たぶん、タンさんの予測は正しいと思う。

ワグナーさんが考えを変えることはないだろう。

むしろ、最初から払う気はなかったのではないだろうか?

そこに、ちょうどいい理由があったのだ。

それを利用しない手はない。

金額は小さいが、回収することはできないだろう。

 

杏子は、具体的には知らないが、倉本さんは結構ミスの多い人だとは聞いていた。

かおりさんや刈谷さんが時々そんなことを言っていた。

 

杏子は彼がこれを機に心を入れ替え、頑張ってほしいと心底願った。

いい機会だとすら思った。彼には、守るべき妻子があるのだ。

 

倉本さんは見た目はカッコいいのに、中身は標準以下かもしれない。

仕事のレベルも残念なことになっていた。

いっそのこと、そのルックスを進藤さんのようなあり得ないほどの四角い顔か、田中さんのようにタヌキみたいな顔になってしまえ!

そしたら、残念さも半減する。

 

年始からずっと不謹慎なままの杏子だった。

 

 

 

 

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