どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

行った人しかわからない話

 

母は一度死にかけた。

 

家の離れにある物置きの2階に物をしまおうとしていた時、はしご状の階段から

 

バランスを崩して、頭から地面に落ちた。

 

その後、這って家まで戻り、父のところまで辿りついてから気を失った。

 

父はびっくりして救急車を呼んだ。

 

母は集中治療室に運ばれた。

 

頭を強く打っていたので、脳の検査をされた。

 

医師は、場合によっては、脳の手術が必要と父に言ったそうだ。

 

父から電話をもらって、私は4時間かけて病院へたどり着いた。

 

向かう途中も電話で何度か父と話した。

 

脳は大丈夫なので手術は不要になったと聞いて安心した。

 

ただし、一晩は要経過見とのことだった。

 

しばらく入院には違いなかった。

 

父は、母には面会できたが、その後は外で待つしかなく、そこにいてもしょうがないので、いったん家に帰ってるとのことだった。

 

面会は午後8時までだった。

 

私は何とか7時半過ぎに病院に着いた。

 

受付で、母の名前を告げた。

 

少しだけ合わせてもらえることになった。

 

案内されたのは、普通の病室ではないガラス張りの病室。

 

いろんな器具があった。

 

そしてチューブを鼻に突っ込んだ人が寝ていた。

 

母ではないと思った。

 

見た目が完璧に別人だった。

 

看護師さんが、ここですよと、中に入れてくれた。

 

それでも、母とは思えなかった。

 

それほど変わり果てていた。

 

顔がパンパンに腫れて、髪は泥まみれのぼさぼさ、前歯も1本折れて無かった。

 

そして左手は折れたのか包帯でぐるぐるだった。

 

呆然と立っていると、その人がしゃべった。

 

「○○ちゃん?」

 

私の名前だ。

 

母だった。

 

急に涙が出てきた。

 

「なんで泣いてるの?

 

と母が聞く。

 

こんな状況で泣かない人がいたら見てみたいと思った。

 

だが、母は何が起こったのかわかっていない。

 

自分の姿もわからない。

 

「無事でよかった。」

 

と言うのがやっとだった。

 

「お母さんは全然大丈夫だからね。お父さん大丈夫かな?ご飯食べてるかな?

 

「私今から帰ってお父さんとご飯食べるから大丈夫。今日はゆっくり休んでね。また明日来るね。」

 

そう言って、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。

 

 

 

あれは何年前だったか。

 

 

 

去年の年末に母と一緒にテレビを見ていた。

 

大して面白くないものばかりやっていた。

 

母が、ふと、

 

「あなたは信じないかもしれないけど。」

 

といきなり話始めた。

 

「お父さんにも言ってないんだけど。」

 

 

 

そう言って話し始めたのが…

 

 

 

あの時階段から落ちて、たぶんしばらく気を失っていた。

 

その間に、花がたくさん咲いた場所に行って来た。

 

そこを歩いていると、どこかの家でお葬式があった。

 

そこに入って行った。

 

誰のお葬式だろうと思った。

 

名前はどこにも書いていない。

 

そして中に入り、そこに飾られていた遺影をのぞこうとした。

 

でも、どんな角度でのぞいても、周りの花が邪魔して遺影がみえない。

 

どうしても見たいと思ったが結局見えなかった。

 

そうしているうちに地面に倒れている自分に気が付き、何とか父のいる家の中まで

 

這って行った。

 

誰も信じないかもしれないけど。

 

夢でも見たんじゃないかと言われるだろうけど。

 

 

 

そう母は言った。

 

 

 

その話をしたのは私が初めてだったそうだ。

 

 

 

私は子供のころからおばけを異常に怖がる子だった。

 

そんな私に、母はいつも、

 

「そんなもん、いる訳ないでしょ。バカだね。怖がりなんだから。」

 

と笑い飛ばした。

 

 

 

理屈では説明できない世界があるのかもしれない。

 

見えない力があの時母を守ってくれたのだろう。

 

 

 

プルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界

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