どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の再始動  - 笑う門にはまた笑い (エピ31)

タンさんは、年末年始の休暇中も本国に帰国しなかった。

タンさんは中国系ソラリア人だ。

日本のカレンダーのお正月は彼らにとってはお正月ではない。

それからほぼ一カ月後の旧正月こそお正月なのだ。

タンさんは旧正月には2週間ほどの休暇を取る予定でいた。

別に日本の年末年始の期間に帰国する用事は無かった。

そして、理由がもう一つ。

年末年始は、航空会社にとってはかき入れ時で、この期間中の発着便はほぼ満席だった。

タンさんは帰国しようと思えば、自社の便だから無料で乗れるのだが、できるだけ収益を上げたいと思っていた。一席でもちゃんと高いお金を払ってご利用いただけるお客様を優先したいと考えていた。

 

杏子は、身よりも無いのにこの期間東京にとどまって大丈夫かとタンさんを心配した。

ところが、来日しておよそ半年の間に、タンさんの交友関係は着実に広がり、日本のお正月を味あわせてあげようと言う人も多くいたようだ。

進藤さんや丸さんもご自宅にお招きしたり、初詣に連れて行ったりしたようだ。

 

杏子はと言えば、久しぶりに長野の実家に帰った。

前の会社を辞めてから一度も帰省していなかった。

袴田さんとのことで悩んでいた時期なので、その姿を親に見せたくなかった。

転職のことも両親には事後報告だった。

さぞかし驚いたことだろう。

旅行会社に就職し、充実した日々を送っていると信じていたのだから。

先に話をしていたら、どうして辞めるのかとしつこく聞かれたはずだ。

ソラリア航空に就職が決まってから、実は航空会社で働きたかったのだと説明した。

外資系で、しかもよく知らない国の会社だったので、不安もあったようだ。

そして、両親はソラリア国について色々調べ、経済的にも政治的にも安定した近代国家だと分かると初めて安心したと言っていた。

就職してからも、連日タンさんに叱られ続けていたので、連休などがあっても、あまり実家に帰る気にもなれず、年末に至ってしまったのだった。

 

久しぶりに、帰る実家だが、母とはしょっちゅう電話で話していた。

それでも、両親の顔を見るのは久しぶりだ。

杏子は素直に嬉しかった。

実家から遠くないところに嫁いだ姉も、旦那さんと甥っ子を連れてやって来ていた。

2歳になったばかりの甥っ子はかわいい盛りだ。

杏子は甥っ子にちょっと遅めのクリスマスプレゼントとお年玉を用意していた。

久しぶりに胸張って実家に帰れた杏子だった。

仕事のことは思い出さないようにしよう。

そう思っていたのに、両親や姉そして旦那さんまで外資系航空会社での仕事に興味津々だった。

特にボスはどんな人なのか、とても知りたがっていた。

なんと言っても外人の秘書になったのだ。

杏子は、面白半分にタンさんのことを話した。

ドラえもんのび太に顔が似ていてショックだったとか、人から聞いた話を自分の話のように他人に話したとか、偉い人が帰ってすっかり安心してたら電話がかかって来て、飛び上るほど慌てていたとか。

 

実は、ソラリア航空に入社して最初の数カ月、杏子は母にはよく電話で愚痴を言っていた。

タンさんが余りにも厳しくて、怒られ通しで、やけになっていた時期があったのだ。

「いつでも辞めてやる!」なんて言った時もあった。

母はいつも

「だったら辞めてこっちに帰ってきたら?

と言っていた。

その言葉に泣きそうになることもあった。

それでも辞めなかったのは、タンさんに言われることがすべて余りにも正論で、杏子が

反論できる余地など無かったからだ。

タンさんは、理不尽なことなど一つも言っていなかった。

自分の能力が劣っていただけなのだ。

そこで逃げる訳にはいかなかった。

せっかく、田中さんたちが秘書として期待し、採用してくれたのだ。

そんなめったにないチャンスを無駄にはしたくなかった。

せめて、1年だけでも頑張ろうと思ったのだ。

 

母は杏子と二人きりになった時に言った。

「あんた、こんな会社いつでも辞めてやるって騒いでいたのに、なんだか今の仕事が楽しくなったみたいだね。」

その言葉で、杏子はソラリア航空に入ってよかったと心底思った。

 

杏子の年末年始はあっという間に終わった。

不思議と早く仕事に戻りたいという気持ちがあった。

自分で自分にびっくりした。

知らない間に、前の会社では得られなかった充実感があったのだ。

 

仕事始めの日も、杏子はオフィスに一番乗りだった。

とても張り切っていた。

そして、次々と出社してくる同僚たち。

個性豊かな面々たちだ。

嫌いだと思っている香奈ちゃんですら、懐かしく思えた。

私って変かも。

少しだけそう思ってしまう杏子だった。

 

いつものように9時半ごろになるとタンさんがやって来た。

丸さんと楽しそうに話しながら入って来た。

まずは杏子以外のスタッフ11人に新年のあいさつをしていた。

何を思ったか、ぽち袋に15円ずつ入れて、みんなに配っていた。

誰がそんな知恵を与えたのだろう。

でも、みんなにお年玉を配っているタンさんがやけに楽しそうで、

それはそれでいいかと思った。

 

田中さんはそのお年玉に当惑していたのがありありと分かった。

でもちゃんと新年のあいさつや感謝の言葉などを言っていた。

 

そして、支社長室の方にやって来て杏子に対して、

「ナカノサン、アケマシテ オメデトウゴザイマス。」

と日本語で言った。

杏子も日本語で返した。

今日からまた新たな気持ちで頑張ろうと思った瞬間だ。

 

そして、タンさんの顔を見上げた時、あろうことかタンさんの片方の鼻から元気よく黒々とした鼻毛が飛び出しているのが目に入った。

杏子は必死に笑いをこらえた。

あとで丸さんにでも言ってもらわなくては。

何とか笑いをこらえながら、ふと見たぽち袋がドラえもんのぽち袋だった。

よりによって…

のび太顔のタンさんからのお年玉がドラえもんのぽち袋に…

もう駄目だった。

杏子は、タンさんが支社長室に入って行くまで耐えに耐えた。

そして、もう大丈夫と思った瞬間、机に突っ伏して涙を流しながら笑い続けた。

しばらく立ち直れなかった。

 

笑う門には福来たる。

 

今日からまた頑張ろうと真面目に思いながらも、どうにも笑いが止まらない新年早々不謹慎な杏子だった。

 

 

つまんでつんでバランスゲーム ドラえもんだらけ

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