どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の年末 ⁻ 戦わずして鍋敗退 (エピ28)

杏子たちがソラリア航空日本支社に入社してから、すでに5カ月近くが過ぎていた。

あのめまいがしそうな暑い夏は、いつの間にか朝の布団とのお別れがとても辛い冬になっていた。

一つのオフィスの中で、それぞれが関わりながら仕事をしていくと、個々の性格が際立ってくる。

最初は無かった様々な利害関係や、感情のもつれ、それと同時に、連帯感も出来上がっていた。

 

タンさんはとても厳しい人だ。いい加減な仕事は認めない。

ただし、スタッフに1から10まで細かく指示する人ではなかった。

あくまでも、個々のスタッフの良識に基づいた仕事を尊重していた。

また、何か指示を必要としているスタッフに対しては、常に真剣に話し合い方針を導いていた。

 

スタッフとある程度の距離を保ち、決して馴れ馴れしくはしないようにしているのに、なぜか誰よりも事情通なのもタンさんのすごいところだ。

情報収集のネットワークもあるようで、そこから得た情報も多かった。 

この業界は狭い世界だ。

時に、接待だったり、仲良し同士の食事会だったり、飲み会だったりする。

情報はめぐる。

そしてタンさんの耳に入るのだ。

その情報と自分の目で見たことを合わせて、そこから分析しスタッフの特徴を見事にとらえていたりする。

もともとが理科系の人だ。

とても理性的に判断しているような気がする。

一度、どういう流れか、杏子と話している時に、かおりさんと香奈ちゃんのバトルのことについて、

「シミズサンはずるがしこいから、ニッタサンは気をつけないと。」

とタンさんが言った。

かおりさんに上司としてちゃんと部下の面倒をみろとは言いながら、香奈ちゃんのあの裏の顔も知っているような口ぶりだった。

この人すごいかもしれない。

杏子が改めて思った瞬間だった。

 タンさんは、スタッフの人物像を見極めることに非常に長けていたのだ。

 

杏子はこれまでほぼ毎日タンさんにくどくどと怒られている。

悔しいことに、タンさんのお叱りの言葉一つ一つが余りに正論で、反論する隙はなかった。そして、素直に反省する杏子だった。

 

タンさんは決してスタッフに理不尽な要求はしない。

常に、スタッフの心情を見透かしたように話す。

タンさんがスタッフに望むことは、ただ一つ、自己の職務に忠実たれと言うことだった。

 

 

タンさんも完璧な人間ではないとほっとすることも多々あった。

余りのひどいタイピング技術にあきれて、ご親切にもテキストまで与えて、杏子に毎日一時間のタイピングの練習を命じたタンさん。

杏子は、これまで、時間を見つけては何とかタイピング練習を続けていた。

そんなある日、タンさんの方から杏子のデスクにやって来たことがあった。

ちょうど杏子はタイピング練習中だったのだが、あり得ないことに、タンさんは、

「あれ、君もその本持ってるの?」

と自分が杏子にタイピングのテキストとして渡した本を指差した。

杏子は唖然としたが、

「この本は、あなたがタイプの練習用にと私に貸してくれたものですけど。」

と返した。

「あれ、そんなこと言った?

はぁ?

何をおっしゃいますやら。

あなたが命令したから、私はこれまで毎日頑張ってたのに!

なんとお忘れでいらっしゃる。

頭の中でそんなことを考えながら、呆れて何も言わずにタンさんを見た。

杏子の刺すような視線で、タンさんは急に思い出したのだろう。

「そう言えば、そんなこともあったね。」

「そんなにずっとやらなくてもよかったのに。ははっ。」

と言って笑ってごまかした。

急に、これまでの5カ月近くのタイピングの練習がむなしく思えた。

杏子の睨みが効いたのか、都合が悪くなったタンさんは、本題に入った。

「日本では、年末にスタッフでパーティとかやるだろう? 忘年会って言うのかな?」

「予算はちゃんと取ってあるから年内にやれないかな。」

「僕はこの日とこの日が空いてるから出来ればどちらかで。」

「みんなに都合と何が食べたいか聞いてくれ。」

と杏子に言った。

「はい、わかりました。みんなに聞いてみます。」

と杏子は答えた。

タンさんは、自室に戻ろうとして、もう一回杏子の方を向いてひそひそ声で一言。

「タナカの案は、握りつぶしておいてくれ。彼は絶対鍋っていうから。

あれ苦手なんだよ。」

先手を打ってきた。

 

杏子は早速、タンさんを除く全員にメールした。

希望を聞いて、多数決で決めようとしたのだ。

あらかじめ、タンさんの都合の付く日にちと、費用は会社持ちだと言うことも伝えた。

 

こういった内容のメールへのみんなの反応は異常に早い。

特に沙羅ちゃんは、あり得ないくらい早かった。

食べ物関係だからだろうか? 

 

返事はこうだった。

 

杏子さん、メールありがとうございます。

私は、10日以外だったら全然OKです♡

場所は、お任せしてもいいですが、私のお勧めは、牡蠣の通りです。

イタリアンの×××

中華の○○○

よろしくお願いします。

 

と書いてあった。

 

牡蠣ってあなた。

最初にその変換が出てくるのおかしくない?

気がつかないのもすごいけど。

近頃そんな内容のメールを友達か誰かにしたな。

 

早速、五島さんに転送して一緒に笑いを分かちあった。

意図せずして、ここまで笑いの神が降臨するとは、あなどれない。

それにしても、どうして毎回魚介類なのだろう。

アナゴの一位は不動だが、見事2位にランクイン。

 

その日の内に、空港オフィスの2人も含めて全員から返事が来た。

総合すると、8日で、中華がいいということになった。

たぶん、タンさんが中国系と言うこともあって、みんなそれがいいと思ったのだろう。

ひそかに期待していた田中さんは、案の定、アンコウ鍋の店というご希望だった。

田中さんに関しては、どんな意見が出ても却下と決まっていたので番外編というところか。

ただ、杏子はアンコウ鍋には興味があった。

あとで、どんなお店か田中さんに聞いてみようと思った。

 

タンさんに報告すると、中華料理と言うことでがぜん張り切った。

来日以来、接待などであちこちの中華料理を試して、タンさんがこれが一番と思う店があったのだ。海鮮中華料理でいけすがあるお店だそうだ。

タンさんが認める店だ、絶対美味しいはず。すごく楽しみだ。

杏子はその店の名前を見たことがあった。

毎月、タンさんの交際費をまとめて本社への報告書を送っていたからだ。

毎月その名前が出てきていた。かなりのお気に入りだとは知っていた。

 

色々あった上での全員そろった忘年会。

どうなることだろう。楽しみ半分。不安も半分。

席順に気をつけないと。

 

年末を実感する杏子だった。

 

 

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