どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の発見 - めぐりめぐって まわってまわる(エピ26)

ある月曜日の朝、出社した進藤さんがまっしぐらに杏子のところにやって来た。

「杏子ちゃん、はいこれ。」

と明らかにお土産とわかる紙袋を杏子にくれた。

難解な日本語の英訳を手伝って以来、

「杏子ちゃん。」

とちゃっかり呼んでくるようになっていた。

うれしくもないが、それほど嫌でもない。

要するにどうでもいい。

出来れば、あの一回のお手伝いで無罪放免と願いたい。

そう強く思う杏子だった。

 

その杏子の気持ちに薄々感づいている進藤さんは何かと杏子に気を使っていた。

「週末に、家族で福岡に行ってきたから、はい。」

「うちの奥さんが杏子ちゃんにって選んでくれたんだよ。」

杏子が中身をみると、それは辛子明太子3箱だった。

1箱ならまだしも、3箱はちょっと困る。

奥さんからと言うけど、絶対に進藤さんが買ったと確信した。

いくら進藤さんの奥さんでも、夫の会社の同僚の女の子に辛子明太子なんて頼まれない限り買わないだろう。

お菓子が無難だと女性なら考える。

杏子は1人暮らしだ。

しかも、辛いものが苦手だった。

そこに3箱もの辛子明太子。

杏子は、困惑した。

それでも、出来る限りにこやかに、

「わぁー。明太子だ。 大好きなんですよ、これ。ありがとうございます。奥様によろしくお伝えください。」

と精一杯頑張って喜んで見せた。

そして、自分で自分を恨んだ。

 

これは、一種の買収になる。間違いない。

これを受け取ることによって、来月もあの「~であります。」調の文章を真剣に見なければいけないのか。

杏子はこれも修行なのだと自分に言い聞かせることにした。

忍耐力を養うには、進藤さんがレポート用に書いた日本語の文章は最高の素材だった。

 

 

今度、進藤さんに何気なく自分の好きなお菓子の話などを吹き込んでおこう。

そうしておけば、きっと次のお土産はお菓子になる。

というわけで、年末の辛子明太子3箱で、来年も進藤さんの専属英訳助手のお役目が確定してしまった。

 

進藤さんは、人を物で釣るということを平気でやってくれる。

貨物予約の上村さんに仕事のことでしょっちゅうお説教めいたことをするのだが、やり過ぎて上村さんが拗ねてしまうことがよくある。

すると進藤さんは急に上村さんをほめたり、なだめたりして、ご機嫌取りをする。

缶コーヒー買ってあげたり、缶ジュース買ってあげたり。

単に、そこらへんの自動販売機で買ってくるだけなのだが、とにかく頑張る。

そして、上村さんもなんだかんだで機嫌を直して、また仲良くなる。

今ではもうその光景に慣れてしまった。

 

杏子の読みは当たっていたかもしれない。

奥さんが杏子のためだけに買ってきたというのも怪しかった。

 

杏子がお手洗いに行っている隙に、進藤さんは支社長室のタンさんのところにいた。

杏子は聞くつもりはなかったが、進藤さんが大声でカタカナ英語を話しているのが聞こえてきた。

「ディス イズ ア ギフト フォー ユー! ハハハ!」

笑いの意味は不明。

「フロム マイ ワイフ」

「アイ ウエン トゥー フクオカ」

「ディス イズ メンタイコ」

「メンタイコ イズ アー……」

進藤さんが力尽きた。

 

しばしの沈黙の後、タンさんは、

「サンキュー 」

「もうこんなことしなくていいと奥さんに言っておいてくれ。」

と言っていた。

いつにも増して、2人とも声が大きかった。

お互い相手にわからせようとして、結果声が大きくなったのだろう。

 

進藤さんは、心が通じたと信じ込んでうれしそうに支社長室から出てきた。

 

その直後、杏子がタンさんにサインをもらいたい書類があり、それを持って支社長室に入ると、

「これって、生の魚の卵だよね。見たことある。辛いんだよね。」

と見せられたのは、杏子が今朝もらったものと全く同じで紙袋に辛子明太子3箱が入ったものだった。

「僕は1人者だし、料理しないから、君に全部あげるよ。」

と杏子に押し付けた。

杏子はまさか自分も同じものを進藤さんからもらったとは言えずに、そのまま受け取った。

結局6箱になった。

こんなことってあるのだろうか?

進藤さんに見られたら困る。

隠れて持って帰らないと。

タンさんの分がそっくり杏子にまわって来るなんて誰が予想しただろう。

これからは週に2回のペースで明太子スパゲティーを作っては、少しずつ減らしていかなければいけない。

人が一生の間に食べる明太子スパゲティーの回数があらかじめ決まっているとすれば、

杏子はこの6箱で一生分は軽く食べるだろうと思った。

その後、随分経ってからよく考えれば、友達に分けてあげるという方法があった事に気が付いた。

その考えが思いつかなかった。

6箱の辛子明太子の衝撃はそれほど大きかったのだ。

杏子は、自分で自分を罵った。

 

進藤さんは油断ならないタイプの人間だ。

調子よく、うまく人の心に割り込もうとする。

かなりの要注意人物だ。

そして、なんだかうさんくさい。

 

それから数日後、杏子は、学生時代から仲良しの智恵美と仕事帰りに落ち合って、ごはんを食べに行った。

おやじの聖地と言われる新橋の細い路地沿いにある隠れ家的レストラン。

美味しく楽しく食事を終え、智恵美と一緒に駅に向かって歩いていた時、

路地のずっと向こうから、2人のおやじが酔っ払いながら、手をつないで歩いてくるのを見つけた。

まさかの進藤さんと三丸さんだった。

タンさんがその日は気分がすぐれず、いつもよりかなり早めに帰宅したせいで、三丸さんも早めに解放されていたのだ。

 

しかし、なんで手をつないでいるのか。

気持ち悪い。

しかも、こっちの方に歩いてくる。

思わず無理やり智恵美の手を引っ張り、どこかの店の看板の後ろに隠れ、二人が通り過ぎるのを待った。

通り過ぎる時、杏子が聞いたのは、進藤アンド三丸のデュエットで365歩のマーチ。

水前寺清子に謝れ!

 

嫌なものを見てしまった。

杏子は、その晩眠るのが怖かった。

手をつないで365歩のマーチを歌うおやじ二人の夢を見てしまいそうな予感がした。

そんなことを考えながら布団の中で目を閉じ、次に目を開けたら朝だった。

まだ、昨晩見た衝撃の場面がまぶたにやけにリアルに焼き付いていた。

寝る前に進藤さん。起きても進藤さん。

 

ちょっと、もう許してください。