どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書の発見 - あくまでもまわりくどく(エピ25)

杏子の机は支社長であるタンさんや、旅客営業部長である田中さんと同じくらい大きい。

そして、タンさん、田中さん同様に、2脚の椅子が机の向かい側にある。

社内の誰かが打ち合わせや相談がしたい時には、そこに座って話をするのだ。

当然、その椅子が一番使われてるのはタンさんだ。

旅客営業、貨物課、予約発券課、そして空港オフィスいわゆる貨客運行課の人たちが次々にミーティングでやって来る。

空港オフィスは正式名称は貨客運行課なのだ。

特に、月末から翌月初にかけては、本社に1か月の実績などを報告しなければいけないので、それぞれがいろんな資料を持ってタンさんの所にやって来る。

 

一方、杏子の机には、なぜだかよく人が息抜き的にやって来る。

そして、そのついでにタンさんに色々言われる前に、杏子からアドバイスを得ようとしている時もある。

田中さんだけはそんなことはしない。

彼はそれまで、総代理店として不定期便の運航を続けてきたという自負がある。

そして、実績を上げるためには自分は何をすべきかを心得ているし、実践もしている。

タンさんもまず口出しはしない。その点では田中さんを信頼しているのだ。

彼らがもめるのはもっと違うところなのだ。主に、食事系やオフィスまわり系かもしれない。

 

かおりさんは、時々イライラが蓄積すると杏子の向かいに座りブツブツ言っている。

香奈ちゃんも、若くて弱々しい、かおりさんにいじめられている悲劇のヒロインを演出しにやって来る。

そして、ザ 変人、五島さん。ふざけた話や、セクハラまがいの話をしに来る。

彼は、ハエと同等ぐらいに邪魔だ。

それも自分の仕事と割り切って、話を聞きつつ、出来るだけ早く話を終わらせ追い払う杏子だった。

 

そして、特に月末・翌月初の時期、杏子詣での迷惑ナンバーワンは貨物課の進藤さんだった。

彼は英語が苦手だ。なのに、レポートは英語で出さなくてはいけない。

タンさんのOKをもらって初めて本社に提出の運びとなるのだが、タンさんは進藤さんの英語表現が余りにもすごすぎて、意味が分からないことが多いらしい。

それはそれは長時間にわたって、タンさんの尋問を受け、終わったころにはよろよろと哀愁を漂わせて、支社長室を出て行く進藤さんを何度も目にした杏子だった。

見ていてちょっと辛くなるほどだった。

そんな進藤さんが、

「中野さん、助けて。」と最初に向かいに座った時は、無理してでも聞いてあげようと杏子は思った。

進藤さんは、日本語で書いた月末のレポートの下書きの紙を手にしていた。

「これ、ちょっと訳してくれないかなぁなんて。」

と杏子に言った。

杏子は、

「全部は無理ですけど、主にどの辺が難しい所ですか?」

と返した。

「本当は全部と言いたいけど、中野さんはタンさんの秘書だから、無理は言えないよね。」

と下書きの2か所を大きく丸で囲った。

「ここだけでもいいからお願いしますよ。」

それは、今月の営業活動の概要及び結果の分析と来月の活動計画と目標の部分だった。

杏子はとりあえずその下書きの紙を預かり、

「明日の午前中までで良いですか?」

と聞いた。

「十分です。中野様。このお礼はいつかさせていただきます。」

といつ見ても四角い顔で笑った。

 

杏子が進藤さんのレポートの英訳に着手したのはその日の夕方だった。

翌朝何か急なことが起きると時間が取れなくなる。

その日の内に片づけておこうと思ったのだ。

 

一度英訳する個所に目を通した。

 

まず、今月を振り返った部分、

 

11月は日本では国民の祝日2日あり、それが週末を入れて3連休となった関係上、製造業でも休暇を取る者が多く、その事が輸出の減少に及ぼした影響は決して少なくないと言えるのではないかと思うのであります。貨物代理店でも貨物を集めるには、未だかつてないほどの苦戦を強いられ、何とか努力してまいりましたが、残念ながら力及ばずと謝りが入り、結果、ソラリア航空への予約も思うように集められず、何度もお願いに行きましたが、このような結果となり、無念と言うほかないのであります。」

 

なんだこれは!

くどい!くどすぎる!

そして、ひどい!

日本語自体ひどすぎる!

 

一体、この「であります」は何なんだろうと杏子は思った。

どうせ英語になるのだ。

「であります」でも「です」「だ」でも全然問題ない。

 

要するに、

 

「連休などで、生産ラインが縮小化し、輸出も減った。」

「貨物代理店も最大限努力した。」

「結果は目標を達成出来なかった。」

それが言いたいだけだ。

 

杏子はその分野の専門ではない。

それでも、ひと月を振り返って記述しなければいけないことはそんなことではないのではないかと思った。

杏子だったら、連休の件はそのまま活かすが、どの分野の業種が大きく落ち込んだのか、

その中でも前月並みを保った分野はあるか、実際にはどの程度の落ち込みなのか、競合他社も同じ状況かなどを書くと思った。

 

まぁ、良いだろう。

英語で直すと、ここは2行で終る。簡単だ。

 

次に、来月の目標を見た、

 

案の定、似たようなテイストの文章があった。

12月は日本では年末の仕事納めの季節であります。貨物の動きも輸出に関しては、中旬ごろまでがピークでそれまでに、集められるだけ集める努力をするつもりです。とは言いましても、日本の年末は帰省ラッシュなどの影響で、生産ラインもぱったりと止まることが広く知られており、後半にかけては、全くと言っていいほど貨物が無くなるのではないかとの懸念も無きにしもあらずであるということには否めません。国全体の労働者が浮足立つ季節なのであります…(以下読む価値なし)。」

 

すでに、杏子の心に進藤さんへの憐みのかけらもなくなっていた。

 

来月の展望の件は、進藤さんの原文の英訳は2行で終わり、杏子は適当に自分の思うことを付け加えておいた。

 

これでは、タンさんが事細かに聞くわけだ。

何が言いたいのかさっぱり分からない。

字数を無駄に増やしているだけだ。

 

杏子だって、英語が得意かと言われれば、留学経験もないしコンプレックスだらけだ。

それでも、会社に英和と和英辞典に、最近では英英辞典まで持ってきて置いてある。

インターネットの翻訳サービスだって駆使している。海外のニュースを見たりして、どんな言い回しがあるかも積極的に勉強している。

 

進藤さんは、

「ぼくは英語が下手だから。」

と言う言い訳で、すべて片づけている。

いや、むしろ、根っからの営業マンで事務的なことが苦手なのかもしれない。

 

それにしても、日本語でここまで、まわりくどく、しつこく表現出来る技はすごい。

彼のその才能がいつか何かの役にたつとことがありますように。

 

もしかしたら、五島さんよりも、もっと関わりたくない相手は進藤さんかもしれない。

来月どうやって断ろうか…

 

 

日本語の作文技術 (朝日文庫)

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