どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書人気爆発 -最後の地底人としての誇り(エピ23)

女のもめ事に男はめっぽう弱い。

別に新しい発見でもなんでもない。

人類の起源からそうなのだろう。

女たちのパワーに男はエネルギーを吸い取られる。

杏子は、日本支社の男性陣を責めないことにしようと自分自身に言い聞かせている。

 

ただし、五島さんだけは例外だ。

彼は、このもめ事を楽しんでいる節がある。

杏子は気が付いてしまった。

五島さんは、かおりさんに対しては香奈ちゃんの悪口で盛り上がり、香奈ちゃんにはかおりさんの悪口で盛り上がっている。そして2人をあおっているのだ。

お前は悪徳高利貸の越後屋か!

 

彼には変人と言う言葉がとても似合う。

 

ある日の朝の出来事だ。

五島さんが杏子のところに来て言った。

「中野さん、うちの支社長の名前なんでしたっけ?」

「なにふざけたこと言ってんの?」

杏子は軽く聞き流した。

「冷たいですね。なんでしたっけ?支社長の名前。言ってくださいよ~。」

懇願する。

しょうがないから、

「タンさん!」

と言ってやった。

すると、五島さんは、それはそれはうれしそうに、

「はい これ。」

とポケットに入っていた何かを杏子に差し出した。

それは単三電池2本だった。

「タンさんから買ってきてくれって言われたんですよ。渡しておいてくださいね。」

ニカッと笑って向こうへ行った。

やられた!

こんなピザを10回言わせた後に、ヒジを指してなんと呼ぶか聞く的ないたずらに引っかかるなんて。杏子は返事してあげたことを悔やんだ。

いつか、オフィスのカーペットつなぎ目に足ひっかけて転べばいいんだ。

心が猫の額ほど狭い杏子だった。

 

杏子から見ると、五島さんはいつも暇そうだ。

おそらく、時々こういうふざけたことをやっている印象が強いからだ。

彼の担当は総務と経理。

オフィスの備品の管理や、社内外から届いた書類の配布、郵便物や宅配便の発送の他に、請求書の支払いや、前日のカウンターでの売り上げを毎朝銀行に入金しに行くなど、いわゆる縁の下の力持ち的存在なのだ。ふざけいる時間なんてないはずなのに。

 

時々、杏子に内線電話してきて、

「あ、デイカプリオです。」

とか

「アンジェリーナ ジョリーさんですか。」

といたずら電話する。五島さんは杏子に用事があるから内線電話してくるのだが、対応が面倒臭い。

余計なことは言わずに用件だけ言ってほしい。

しょうがないので、

「そうよ。アンジェリーナだけど何?」

と返すと、

「乗りがいいですねー。ぼくたち気が合いますね。」

と言われる。

 

タンさんは、そんな五島さんのおふざけに気が付いている。それでも今のところ何も言わないのは、五島さんが自分の個人的な用事などをいつも聞いてくれるからだ。

 

ある日、五島さんが有給休暇を取った。

なんでも大好きなバンドの来日コンサートで埼玉まで観に行きたいかららしい。

彼はヘビメタが好きなのだ。

彼の休暇中は、いくつかの業務を杏子が代わりにやることになった。

 

五島さんの有給休暇の前日に引き継ぎをした。

杏子がしなければいけないことは、届いた書類の各人への配布と、売り上げの銀行入金だった。

 

五島さんのお休み当日、杏子は、タンさんが来るまでの間に銀行に行って入金を済ませようと思った。

銀行で順番を待っている間、その辺にある雑誌を見ていた時のことだ。

杏子の肩をポンポンとたたく人がいた。

振り向くと、そこには、スタッズだらけの黒の皮ジャンにサングラス、ぼろぼろのジーンズにブーツ、髪の毛はボサボサ、黒のヘアバンドをした男が立っていた。無精ひげが伸びていて、耳には数えられないほどのピアスがついていた。

杏子は、恐怖で固まった。

襲われる!

と思った。

 

「中野さん、今日は本当にごめんなさい。よろしくお願いしますね。」

その男は五島さんだった。

この風貌でよく銀行に入店出来たものだ。

まるで、かつて一世を風靡しながら、酒とドラッグで転落し、過去の栄光だけで食いつないでいるロックスターだった。

たぶん、警備員がいつでも飛びかかれるように無線で連絡取り合ってるんじゃないかと思った。

意外にも、彼は杏子に声をかけただけで、あっという間に去って行った。

杏子は、しばらく何が起きたのか把握出来ずにいた。

朝から、衝撃的な出来事だった。銀行で入金を終え、オフィスに戻ってからも、落ちぶれロックスターの姿が時々フラッシュバックした。思わず手で振り払う杏子だった。

 

学生気分がいつまでも抜けていない五島さん。

せっかく証券会社に入社したのに、2カ月足らずで、辞めてしまい、ソラリア航空にやって来た。とりあえず、最低限の仕事はしている。それは間違いない。

 

ただ、杏子は彼が苦手だった。波長が合わないのだ。彼と関わると調子が狂ってしまいがちだ。

 

ある時、杏子は五島さんと雑談していた。

好きな音楽の話になり、偶然同じ洋楽の曲が好きだと分かった時があった。

五島さんは杏子に向かって、こうのたまった。

「ぼくがもっと早く生まれていたら、僕達いい友達になれたかもしてませんね。」

 

杏子は絶句した。

同時に心の中で叫んだ。

ない!絶対にない!

 

今この瞬間、杏子の立っている場所だけ、突然地面に穴が開き、地底深く吸い込まれたとしよう。五島さんは、「そうね。」と答えたら助けてくれると言う。杏子は見事に自分の信念を貫く。潔く地底人として残りの人生を過ごす覚悟をするのだ。神々しいまでの杏子の決意。後悔はない。誇り高きラスト地底人として人生を全うするのだ。

 

それくらいあり得ない。五島さんが早く生まれようが関係ない。2度と聞きたくないセリフだった。

 

彼は決して悪い人ではない。

彼はこのまま定年までこの会社にいるつもりなのだろうか?

杏子は真剣に心配する。

心配しながらも、いつかそこらへんにある新聞紙を丸めて、ポコッと五島さんの頭を叩いてしまう衝動に駆られるかもしれない。

 

やっぱり、ラスト地底人になろうかしら?