どうせなら笑って過ごそうよ!

闘う杏子さんのお話 日常の中の笑いの数々 笑って過ごしても泣いて過ごしても同じ一生。それなら笑って過ごしたい!

秘書人気爆発 -男は黙って存在を消す(エピ22)

翌朝は漬物石でできた靴でも履いているような気分だった。

そんな靴があるなら見てみたいとも思うが。

人の愚痴を聞き続けるのは正直つらい。

会社に行けばそのうちまた聞かされる。

気が重い。

それでも仕事は片づけないと。

 

いつものようにいちばん最初にオフィスに着き、鍵を開ける。

パソコンを立ち上げ、その間にも支社長室の掃除を軽く済ませ、タンさんの書類箱の

3段あるうちの一番下の段にある書類を取り出す。そこにはタンさんが目を通した書類が入っている。そこにある書類の左上には、青い万年筆でFとかKIVとか書かれていたり、時に書類にクリップで止めた手書きの紙がついていたりして、その左上には、やはり青い万年筆でPLZ REPLYCPY TO XX sanなどと書いてある。Fはファイル、KIVKeep In Viewと言って保留のことだ。その指示に従って杏子が処理するのだ。

 

杏子が朝のルーティンワークを進めている間に、いつものように、かおりさんが

「杏ちゃん、おはよッ!」

と入ってくる。

その様子はいつもと変わらない。

そして、次々と他のスタッフもやって来る。

もちろん、昨日の話題の香奈ちゃんも普通に時間ぎりぎりにやって来た。

いつもと変わらない様子だ。

 

タンさんもいつも通り9時半ごろに出社した。

それからしばらくして、空港からの社内メール便を宅配業者が届けに来た。

ソラリア航空専用の鍵付きバッグに入ったものだ。

五島さんがバッグを開けて、そのなかにある、社内メール便専用封筒の宛名ごとに

各スタッフに配布するのだ。

支社長あてのものはすべて杏子に渡される。

すべて杏子は開封する。

社内文書はすべて、杏子のリストに受付日、発信人、タイトルの記録をつける。

ファイルするときはどのファイルにいつ入れたかも記録する。

その書類の中にあった!

空港からの運航レポートだ。発着の時刻、旅客人数、貨物重量、もろもろ記録されている。

その一番最後の項目、特記事項のところに、イレギュラーと記して、昨日の事件が詳細に記されていた。何時何分どうした。原因はなんだ。そんな感じだ。

しっかりと、香奈ちゃんの不注意だと書いてあった。これをタンさんが見る訳だ。

嵐の予感。

 

その書類をまとめて、タンさんの書類箱の一番上、INのところに入れる。

それから、1時間ほどタンさんは静かに書類に目をとおした。

そして、

「ナカノサン!」

と呼んだ。

杏子にかおりさんを呼んでくるようにとの指示だった。

早速、カウンターに行って、かおりさんに声をかける。

かおりさんは、待ってましたとばかりに張り切ってタンさんのところに行った。

杏子はその隣で横顔がひきつっていた香奈ちゃんを見逃さなかった。

 

自分の席に戻って杏子は仕事を続けた。

タンさんとかおりさんの話はかなり長かった。

普段は開いている支社長室のドアは閉められていたので、中の様子は全く分からなかった。

杏子はなるべく気にしないようにと仕事に集中していた。

 

そして、ドアがバンと開いた。

かおりさんが出てきた。ちらっとかおりさんの顔をみると、不満でいっぱいと言う顔つきだった。

かおりさんは、杏子の席の前を横切る時、一言、

「私が全部悪いんだってさ。」

と言って、さっさとカウンターに戻って言った。

なんだか、気まずい空気だった。

ドアが開いたので、いくつかあったタンさん宛ての書類を持って支社長室に入って行った。

タンさんは杏子を見ることもなく、何かを書いていた。

杏子が書類をINの箱に入れて立ち去ろうとすると、

「彼女は自分の役割が分かっていない。」

と書類を書きながら言った。

杏子は立ち止った、

すると、タンさんは続けた、

「自分の部下が失敗ばかりで、注意しても文句ばかり言って、言うことをきかないから、

一緒には働きたくないらしい。そんな話は聞きたくないから、ちゃんと部下の能力を理解したうえで指導し助けてあげるのが仕事だろうと言った。彼女は納得いかないらしくて。

話がなかなかまとまらなくて長くなってしまった。」

「彼女は間違ってる。大した努力もしないで、一緒に働きたくないからクビにしたいそうだ。」

杏子は、何も言えなかった。

「彼女は、ウィングオブアメリカ航空にいただろう?うちの採用面接に来た時、さんざん上司の悪口を並べたそうだ。上司は不倫してるとか、会社のお金を不正に使ってるとか。尊敬できないから辞めたい。そんなこと言ってたらしい。ぼくは、なんでそんな人間を採用したんだって、タナカに文句言ったよ。」

知らなかった。

かおりさんがそんな理由で勤めていた会社を辞めていたなんて。

「ぼくは、月に1回ある航空会社支社長の会合に出てるから、その人も知ってるよ。不倫の話は支社長連中の間でも有名な話だ。今さら驚かない。でも、それは仕事とは関係ない。個人的な話だ。どうでもいい。問題は、面接で自分のいる会社の上司の悪口を言ったことだ。」

「まだ、日本支社が船出して、3か月もたっていないんだよ。大した努力もしないで、

部下をクビにしろって、誰がそんな話聞きたいと思う?」

そう言って、

「これ本社の営業部長にメールしておいてくれ。」

と杏子にメール文面のドラフトを渡した。

それは全くかおりさんの件とは関係ないものだった。

かおりさんとの話はそれで終わっていた。

 

その日の夕方、かおりさんはだれよりも早く帰って行った。

杏子に声かけることもなかった。

杏子はちょっとほっとした。

気まずい状況すぎて、何も言うことが出来ない。

 

杏子はたまっていた書類をファイリングしていた。

黙々と片づけていた。タンさんもまだいた。

田中さんは営業から帰って来ていた。

 

「杏子さぁん」

か細い震える声がした。

顔を上げると、目の前に、

乙女の祈りポーズで目を潤ませた香奈ちゃんが立っていた。

杏子が、

「香奈ちゃん、どうしたの?」

と聞くと、

「ちょっとお話していいですか?」

と杏子の前に座る。

そして涙をぽろぽろ流し始めた。

「かおりさんが… かおりさんが… え~ん。」

ますます激しく泣き始めた。

うろたえる杏子。

これじゃ仕事にならない。

「香奈ちゃん、どうしたの?泣いちゃだめじゃない。」

「だって、かおりさんが意地悪なんですぅ~。ぐすん。ぐすん。」

「意地悪って、そんなことないでしょう。思い違いでしょう。色々覚えてほしいから、ちょっと厳しいだけでしょう?」

「杏子さんは見てないから知らないんです。ちゃんと教えてくれないし、聞きにくい状況だから、一生懸命自力でやったら、間違って。そしたら、すごく怒るんです。怖くて。もっと聞けなくて… え~ん。」

困った。

これは泣きやむまで待つしかない。

杏子の机の向かい側に座り、杏子の机に突っ伏して泣き続ける香奈ちゃん。

杏子も泣きたくなった。

心の中で、

24才にもなって、この子は泣けばみんな同情してくれると思ってるのか。

私なんか、毎日、タンさんに死ぬほど怒られてるんだぞ。

涙も出ないわ!

と思いつつも、香奈ちゃんが泣きやむのを待つ杏子。

 

ふと杏子は気がついた。

周りが異常に静かだ。

支社長室のタンさんも、いつも杏子をからかう田中さんも、絶対聞こえてるのに

静かだ。まるで、存在を殺して潜んでいるかのようだ。明らかに、意識は杏子たちに向いている。それは感じる。なのに、どちらも異常なほど静かだ。

いつもだったら、この時間、タンさんは帰ろうとする頃で、杏子に何かある?と聞く頃だ。

田中さんだって、営業から戻って来たら、杏子にあれこれ話しかけてくるころだ。

おかしいじゃないか!

ふと向こうのつい立てのあたりを見ると、用もないのに五島さんがうろちょろしてる。

進藤さんと三丸さんの2人まで。

ちょっとみんな。そんなに気になるんなら、こっちに来て香奈ちゃんなぐさめてよ!

放置するのか!

もう自力でこの場を終わらせるしかない。

「香奈ちゃんは、そんな弱い子じゃないでしょ?こんなことで泣いちゃダメ。まだ3カ月もたってないんだよ。今からじゃない。」

やっと、香奈ちゃんが顔をあげた。

「杏子さんに話聞いてもらえてうれしいです。ありがとうございます。今度一緒に飲みにいきましょう。邪魔してごめんなさい。」

そう言って立ち上がり、向こうへ行った。

さっきまでその辺をうろちょろしていたはずの、五島、進藤、三丸の3人はササっと散っていた。

そして、香奈ちゃんは更衣室で待っていた沙羅ちゃんと帰って行った。

 

今日も仕事が思うように片づけられなかった。

もう帰ろう。

疲れた。

 

すべてが片付いたころ、タンさんが支社長室から出てきて、

「もう帰るけど、何かある?」

と尋ねた。

杏子と目を合わせないようにしている。

杏子は、いつになく冷たく、

「何もないです。では明日。」

と返事した。

タンさんはすごすごと三丸さんを連れて帰って行った。

何も聞かないのか!

腹が立った。

 

次に田中さんが、

「杏子さん、大変だねぇ。女の争いはぼくらには立ち入らない方がいいからね。ごめんね。」

と言ってきた。

杏子は、

「大丈夫です。」

とぶっきらぼうに答えた。

もう一回腹が立った。

 

まったく、この会社の男性陣は都合の悪い時には透明人間になるのか!

 

 

いつかティファニーで朝食を  1 (BUNCH COMICS)

いつかティファニーで朝食を 1 (BUNCH COMICS)